恋するキミの、愛しい秘めごと
「――冴子?」
仕事の休憩中に開いたタブレットに届いていた、珍しい人物からのメール。
もうしばらく連絡を取っていなかった彼女からのメールに、少し驚きながら画面をタップした。
題名も挨拶さえもないそのメールの冒頭の一文は『南場さん、仕事辞めたわよ』というもの。
日和が、仕事を辞めた?
思いがけない言葉だった。
今でもはっきり思い出すことが出来る、楽しそうに仕事をする日和の表情を思い浮かべ、眉を顰める。
そして次の一言に、ゴクリと息を呑んだ。
『寿退社だって』
何となく、ずっと小さい頃から知っているせいか、日和が年を取るという概念が頭になくて。
だけど、そうだよな。
俺が33歳という事は、日和だってもう29歳なんだ。
「結婚ねー……」
そう口に出すと、年を取っていく日和の隣に、もう自分の居場所はないのだいう事に改めて気が付いて無性に寂しさがこみ上げた。
祝福したい気持ちは勿論ある。
だけど何となく、買ってきた昼メシに手をつける気にならなくて、そっくりそのまま、その辺にいた金欠の同僚にあげてしまった。
午後の仕事をただ黙々とこなしながら――だけど、頭の中にどうしても浮かんでしまう日和の事。
彼女が俺を訪ねてロンドンまでやって来たあの日、引き止めるチャンスはあったはず。
だけど、そうしなかったのは俺自身だ。
あのマンションで、日和と一緒に暮らすようになってしばらく経った頃、お互いがお互いに抱く感情が少しずつ変化している事に気が付いた。
だけどその感情は、本当に愛だとか恋だとか呼ばれるものなのか……。
その確信も持てないまま、徐々に距離を縮めていく日和と榊原さんに焦りを感じていたんだ。
冴子の事は、ちゃんと好きだと思っていたし、恋愛のその先をふとした時に考えることもあった。
――それなのに。
日和に触れる度に、ジワリジワリと蘇る、もう忘れていたはずの彼女への想い。
人や物にそこまで執着しないと思っていた自分の、知らなかった独占欲に気がついてしまった。
榊原さんの過去も、彼の日和に対する本当の気持ちも知っていたくせに……。
それを知らぬまま榊原さんから気持ちが離れ、小さな声で「苦しい」と呟く日和を、力づくでもいいから奪ってしまおうと思った。
もっともらしい言葉を並べて、紅く色付く彼女の肌にキスを落として――。
俺の腕に抱かれながら、甘く掠れた声をあげる日和を、誰にも渡したくないなんて……そんな資格さえないくせに。