モカブラウンの鍵【完結】
「なんですか、あれ?」

男の方を向いて、顎で差した。

「ざっくり言えばナンパ」

「気をつけてください。ここに居る間は俺から離れないでください。いいですね」

「うん」


はあ、焦った。

ああ、こんなことで佐伯さんの名前を呼び捨てにしたくないよ。

初めて『奈央美』って呼んだのに。

初めて『涼太』って呼ばれたのにさ。


佐伯さんをナンパする男の前では『奈央美』と『涼太』と呼び合って、回避していた。

キツイ香水の匂いを撒き散らす女が、俺に話しかけてきた時の佐伯さんがすごかった。

「涼太、少し疲れたから外に出ない?」と言って、俺の左腕に佐伯さんの右手が絡ませてきた。

「大丈夫か、奈央美。外出よう」

俺たちは一旦、会場を出た。


俺は心の中で「佐伯さん、そんなに密着しないでください。その胸が、胸が当たっているんですよ」と叫んでいた。

あのときはヤバかった。

男の事情を理性総動員で回避した。

< 149 / 300 >

この作品をシェア

pagetop