魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
「なんなんだよ。俺はチビに隠し事しないって決めてるからチビも一緒に…」


「…最近、自然ではない風が吹いているの」


その告白にコハクの脚が止まった。

――四精霊のシルフィードは万物に宿る風の源だが、自然ではないということは…シルフィードの管轄ではないということ。

それは、人間界には存在していない風が吹いた、ということだ。


「魔界か。ちっ、ここ最近はずっと人間界に出てくる奴なんか居なかったのにまたなんで今なんだよ」


「さあ、わからないけど…とにかく魔界を出入りしている者が居るのよ。だから妖精や精霊たちが怖がって息を潜めながら怖い思いをしているわ。あなた…心当たりはないの?」


そう言われても心当たりなど全くない。

確かに昔は憂さ晴らしに魔界で暴れて楽しんでいた時期はあれど、ラスの影となり、現在に至るまでは暴れたこともなくむしろ魔界にはもう用はない。

魔界での唯一の知り合いといえばデスだけだし、全くもって身に覚えがないのだ。


「心当たりなんかねえよ。なんだ?俺を狙ってきてんのか?」


自分が狙われているということは、ラスにも危険が及ぶ可能性がある――

コハクの赤い瞳が険しい光を纏うと、シルフィードは甲板でルゥを遊んでいるラスをちらっと盗み見てから小さく息をついた。


「…常時監視はしているわ。数日前は確かにグリーンリバーで嫌な風が吹いた。あなた…狙われているわよ」


「でもこの前デスに会った時はそんなこと何も言ってなかったぞ」


「せっかくの新婚旅行中なんだから気分を壊させたくなかったんじゃないかしら。あの死神、優しい心が芽生えつつあるのね」


「…チビに勘付かれたくねえ。俺は今1番幸せなんだ。家族もできたし、2年間の空白を埋めてやりてえんだ。魔界から出て来た奴を秘密裏にぶっ殺す。シルフィード…協力してくれ」


自分たち四精霊を頼ってくれるのは、もうコハクしか居ない。

彼女たちにとってもコハクは大切な存在なので、どんなに難しい願いでも叶えてやりたいと思っている。

だからこそ、シルフィードは軽い調子で頷いた。


「代価は高いわよ。今度おチビさんと精霊界まで遊びに来ること。それで協力してあげる」


「ああ、チビもまた行きたいっつってたから連れて行く。ありがとな」


ぽんぽんと頭を叩いてきたコハクに嬉しそうな笑みを返したシルフィードはそのまま風に溶けるように消えた。
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