恋獄 ~ 囚われの花 ~【完】
――――あれは、小学校低学年の時。
山の稜線に西日が沈み、夕闇が辺りに広がり始める中。
花澄は曼珠沙華をかき分け、母の姿を必死に追いかけていた。
『待ってよぅ、帰らないで、お母さんっ』
薄暗い、秋の夕靄の中。
花澄がいくら叫んでも、母の背は遠ざかり、赤い花の向こうへと消えていく。
花澄を拒絶する冷たい背中。
泣いても叫んでも、届かない。
泣き疲れた花澄はその場に膝をつき、涙でぼやけた視界の中、目の前に揺れる曼珠沙華を食い入るように見つめた……。
――――その年の秋。
父と母の離婚が決定的となり、花澄は両親からどちらに付いて行くかを選ぶように言われた。
親権を巡って揉めた結果、『子供に選ばせよう』ということになったらしい。
今思えば、親も自分のことで精いっぱいで、子供の気持ちまで考える余裕はなかったのだろう。