海淵のバカンス


まず、彼、波人が息をする為にした行為。
そして、そんな行為の必要のない彼女、兎々。
彼女は、彼女の容姿は人の彼と少し異なっていた。
前夜までは、無かったモノが美しいながら、普通では有り得ないものだったのだ。


「…海風さん」
「なんだ」
「いつ、戻るんですか」
「乾けばな」
「…つまり一週間は」
「そうだな」


無愛想に淡々と応答する彼女の身体は、海に適した姿となっていた。
水着などではなく、根本的に海に適した容姿と言った方が分かりやすいのだろうか。
うつ伏せになっている背中や足からは、ゆるやかに潮に乗る半透明な背鰭が存在し、まるでドレスのような印象を彼に与えた。
彼女は、人魚だった。
正確には、人魚に自らされた、と言った方が良いのかもしれない。
なった、のではなく、自らされた、のだ。
数ヶ月前、彼女は海の生態研究をしていた。
海へ入り、サンプルを海に影響が出ない程度に持ち帰り培養した。
そこで、培養に失敗し、溢れ出た培養液に包まれ、呪い返しのように人間では無くなった、と言う信じがたい話だった。
それから、海水に浸かると半人魚となるようになったらしい。
訳の分からない状態だが、それが彼女だと、理由も無いが何故だか納得してしまう。
なんて、馬鹿げた話なのだろうかと。


< 12 / 22 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop