海淵のバカンス


RRRRR…


付属の電話が、包まれた泡の中に反響し鈍った音で着信を伝える。
兎々は、また気だるそうに部屋側の通路まで泳ぎ、器用にも泡から受話器を出さぬように出た。
しばらくの応答の後、複雑そうな顔持ちで部屋へ戻って来た。


「どうした?」
「お前、今すぐ私を売れ」
「は?」
「満潮なのに、何故電話に出れるんだと…」


満潮と分かって、何故掛けるんだ訳が分からない…、とボヤきながら兎々は窓に手を掛ける。
実験材料に自分が侵されるなんて、そんな馬鹿げた話なんて出来ない、と。
窓の外は海、このまま泡になろうかと考え指を窓枠から少し出し、引き戻す。
指先は、スッパリと無くなっていた。


「ヘマがバレるくらいなら、お前の出世の為に売られてやるぞ。」


青いカラーコンタクトを外し、裸眼の兎々を初めて見る波人は、一瞬だけ、息を呑んだ。


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