大人の関係
更に軽く返事をする堀川を流して
「要さん、気にしなくていいですからね」
にっこり笑いかけると要は照れたような表情を見せた。
「桐原さんに下の名前で呼ばれるとドキドキしますね」


4年前に就任した現社長の方針で、すべての社員は役職を付けずに名前にさん付けだけで呼ぶ。
同じ苗字だと、下の名前で呼ぶことも通例だ。

佐藤、という名前は日本でも一番多い苗字と言われているから会社でも佐藤さんは多い。
美沙はそんな社内ルールに慣れていたから何も思わずに佐藤と聞いて下の名前で呼んだのだ。
会社の慣例とはいえ、新人さんだしいきなり名前で呼ぶのはまずかったのかもしれない。

「あ、ごめんなさい」
焦って反射的に謝ったが、先ほどの光景を思い出し、確認する。
「でも、さっき堀川さんも下の名前で呼んでましたよね?そもそも研修中もそうじゃなかったですか?」
「ははっ。そうですね。この会社に来て佐藤って呼ばれたことはありませんよ」
笑いを堪えながら要はそう返してきた。


新卒からではなく、中途の新人さんなら特に違和感を覚えるだろう。

「まあ、あまりない風習かもしれないですけど、すぐ慣れますよ。これから営業所に来られるようだし近い同僚になるので、分からないことや困ったことあれば何でも相談してくださいね」
「桐原さんは優しいですね」
要は一言一言区切るように、そっと声をひそめて言った。


「え・・・そうですか。あー、はは~」

新人さんに『何かあったら声をかけてくださいね』と言うのは先輩として当たり前のことだと思っていたし、今までもそのようにして来た。
今までの後輩たちは『ありがとうございます』とは言っても、『優しい』などと言われたことはない。

その意外な反応に何と返事をしていいのか分からず、笑ってごまかすという日本人らしい反応で切り抜けた。


なんとなく会話を続けるのが気まずくなった美沙はそそくさとその場を離れることにした。
「あ、じゃあ、私は失礼しますね。また営業所に来たらよろしくお願いします」
「はい。ぜひこれから、よろしくお願いします」


デスクに座っている柚希を見るがちょうど電話中だったので、堀川に声を掛けて支店を出ることにした。


< 122 / 132 >

この作品をシェア

pagetop