空と月の下
荷物を片付ける音が聞こえ、椅子が元に戻される。




「甲斐、行こうか」

「そうだな」




そしてついに、足音が完全に消えた。



結局美菜は、甲斐と一言も会話をすることはなかった。


深いため息が漏れる。

やる気は出てこないが、勉強と向き合おうとしたその時、美菜の携帯が鳴った。
慌てて荷物を片付け、携帯を手に取り、図書館の外へ急ぐ。




「……郁だ…」




美菜のクラスメイト、郁からの着信だった。




「もしもし、郁?」

「おぉ、出た!突然だけど、今日暇かな?」

「う、うん。特に予定はないよ…」

「よかった!今日花火大会あるでしょ」

「そういえば…そうだった」

「一緒に行かない?と、言うか、行こう!」

「え、えっ!?うん、いいよ」

「やったぁ!ほら、勉強ばっかで息詰まってたんだ。だからね、息抜きしたいな、って思ってたの。嬉しいよ。じゃ、待ち合わせは花火大会近くに橋があるでしょ。そこね。あ、ちゃんと浴衣着て来てね」

「えっ!普段着じゃダメなの!?」

「浴衣を着るのも息抜きの内よ。絶対に浴衣ね!」

「はぁ…分かった。じゃ、夜ね」

「うん!またね」




溜め息をつきながら美菜は電話を切った。

あんなことがあった後の着信。
美菜は甲斐からの着信だと期待していた。




「そんなわけないのに…バカよね…」




期待しても着信があるわけなかった。
いつも隣にいて、いつも会話をしていることが当たり前だった美菜と甲斐は、お互いに携帯を持っているものの、連絡先を交換したことがなく、美菜は甲斐の番号もアドレスも知らなかった。

そして、それは甲斐も同じこと。
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