夢現
カメラ屋
日曜の午後、時間ができたのでカメラ屋に行った。
店内には店員が、1人の客に1人つくのではないかと思える程沢山いる。
僕は『店員が寄ってきませんように』と願いながら商品眺める。

『こちらがお勧めですよ』
ふいにそんな声がして振り返る。
僕ではなく、後ろにいた年配の男性に店員が売り込みをしていた。

『何と、撮りそこねた過去を写す事ができます』
中々高性能なカメラを勧めている。
『あの時、シャッターを押せば良かったと後悔した事はありませんか?』
店員は饒舌に、カメラを勧める。
『これさえあれば、もうそんな思いはしなくて済みます!』
黙って説明を受けていた年配の男性が口を開く。
『思い出した時に、好きなものが撮れるのかい』
店員はにこにこしながら相づちを打つ。
『その通りです!』
年配の男性はため息をついた。
『じゃあ、何の為に写真を撮るんだい。いつでも撮れるなんて思えば、写真を撮らなくなるだろうよ』
店員は眉をしかめた。
『撮り逃した後悔も、また一つの思い出だよ』
店員は何も言わずに困惑している。
『それに、好きな時間だけを撮れるのなら、きっと幸せな時間の写真ばかり撮って、前が見られなくなるね』
年配の男性は言い切った。

店員はめげずに他のカメラを勧める。
『それでは、目玉の最新機種は如何ですか。未来を写す事ができますよ』
広告では見た事がある。
今話題の最新機種だ。
『育てている花がどんな風に咲くか、お孫さんはどんな風に成長するか、見てみたいと思った事はありませんか?』
店員はテンションを上げ、売り文句を並べる。
『これさえあれば、そんなちょっとした未来も手軽に見る事が出来ます』
年配の男性は、最後まで説明を聞いてから言った。
『どんなものの未来も撮れるのかい』
店員はにこにこと相づちを打った。
『その通りです!』
『未来にある結果が、いいものとは限らない。例えば、写真で見た結果が悪くてそれを直そうと余計な手を加えた事が原因で、写真通りの悪い結果が出る事もある』
年配の男性の言葉に、店員は負けじと言った。
『確かに写真が原因で悪くなってしまった結果は保証できません。ただ、ご安心下さい。「悪い結果非撮影機能」がついていますので、悪い結果を除いた写真のみ撮る事もできますよ』
年配の男性は、一瞬口を開いてつぐんだ。
もう一度口を開き『またにするよ』と言って店を出て行った。
『最近の便利さはよく分からん』と呟きながら。
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