まばたきの恋
次のカウンター当番日。嵐のように去っていった男は、何食わぬ顔で再び現れた。
活字嫌いの彼が今まで本をじっくりと読んでいたかも定かではないのに、本棚の前に立ち視線を巡らせていた。
(ななめ読みとかしてるのかな、)
文庫本を手に取って振り返る寸前で、七菜子は慌てて目をそらした。
また、カウンターと向かい合うような向きの席に座って、本の虫もびっくりのスピードで頁を捲るのだろう。
七菜子がふと、手元の本から栞を抜いた瞬間に目の前が暗くなった。
「これ、借ります」
聞き覚えのある声に、七菜子は肩を震わせた。
はにかんだ彼がカウンター越しに立っていた。
彼は本を借りるようになった。
推理小説やドラマの原作本を持ってきては『借ります』と毎度照れくさそうに。
それを機に、彼とは他愛のない話をひとつ、ふたつとするようになった。
彼は中村奏多という名前だということ。
中学の頃からサッカー部で、これまでも引退するまで部活に明け暮れていたということ。
クラスは違えど廊下で会うと声をかけてくれるようになった。
和やかな口調は、あの告白の末を決して聞かなかった。七菜子はそれに違和感を感じていた。