ダブルスウィッチ
彼は静かに本を読んでいた。


テーブルにはコーヒーらしきカップが置かれている。


丁寧に自分のハンカチの上に乗せてあるえみりの携帯が、居心地悪そうに置かれていた。


「あの……」


近づいて声をかけると、本から目を離してえみりの方に視線を向ける。


あぁ……と静かに笑みを見せると、小説らしき本をパタンと閉じた。


携帯を渡されそうになって、慌てて彼の対面の席に腰を下ろす。


渡すだけ渡したらすぐに帰るつもりだったらしい彼は、訝しげな顔をして立ち上がりかけた体を元に戻した。


それから目の前の携帯を丁寧に持ち上げて、えみりの方に差し出す。


「はい、これ

もうなくさないようにね？」


いい感じの目尻のシワに、釘付けになった。


今まで同じ年頃の男の子としか付き合ったことのないえみりの目には、彼はとても新鮮に映った。


「ありがとうございます
本当に助かりました」


携帯を受け取りながらそう言うと、彼は優しく微笑んで小さく頷いた。


「それじゃあ……」


そう言って立ち上がろうとした彼のコートを、えみりは咄嗟に掴んでいた。


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