ダブルスウィッチ
(今夜、いつものホテルで8時に)


その文面を見て、えみりは大きく息をつく。


どうやら彼女は亮介に伝えてはいないらしい。


今夜、また彼に会える喜びに、えみりは体が疼くのを感じた。


同時に彼女の意図がなんなのか、はかりかねている自分がいる。


もし、彼女が亮介に詰め寄るようなことがあれば、確実に切られることがわかっているだけに、なぜ彼女がそうしないのか不思議だった。


えみりにとっては都合がいいけれど、彼女からしてみればこのカードを使わない手はないと思うのに……


いつでも出せる切り札のつもりだろうか?


それともえみりと同じで、余計なことを言って妻の立場を追われることを恐がっているんだろうか?


(会えるのを楽しみにしてます)


そう返信を打つと、吹っ切るようにそれを送信する。


携帯をポケットに滑らせて、えみりは社食のある8階に向かった。


明日からはもう亮介の自宅に電話をすることはないだろう。


今ならまだ彼女は放っておいてくれるかもしれない。


下手に刺激して、亮介との関係が壊れるのは嫌だと思った。


自分の浅はかさを呪いながら、えみりは2度と彼女に関わるまいと、固く誓った。

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