主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
久しぶりに裏山を上って地主神の元についた息吹は、息が上がって何度も胸を叩きながら額に浮かぶ汗を拭った。


「久しぶりに上ったらなんか…ふう、息切れしちゃう」


数日間お参りしていなかった地主神の祠の前に立った息吹は、大きな石の傍に見慣れない白い手拭いを見つけてきょとんとする。

ここに誰か来たのだろうかと考えたが――手拭いを忘れそうなのは女の山姫くらいで、山姫は毎日忙しくしているのでここに来る余裕などないはずだ。


「これ…誰のだろ……」


手に取って眺めてみたが誰のものかわからなかったので綺麗に折り畳んで祠の隅に置き、晴明邸から持ってきた藤色の手拭いを大きな石に巻き付けて頭を下げた。


「しばらくここに来れなくてごめんなさい。私今主さまと別居してるんです。…でもここに来るとやっぱり安心します。これからは地主神様にお会いするためだけに通いますね」


…正直言って心のもやは全くといっていいほど晴れていない。

主さまから恋文のような文をもらって一時は和んだが――ちゃんとした説明はまだ受けていないし、それを言い訳と取る自分自身の感情も許せない。


「私…地主神様に赤ちゃんが欲しいって言ったばっかりなのに…今は別居なんですよ。ふふ、おかしいでしょ?」


地主神様に話しかけながらも、自身に言い聞かせている息吹は、柄杓で祠の頂上から水をかけてやりながら笑う。


「父様からは離縁も考えなさいって言われたけど…主さまが女たらしだってこと知ってて夫婦になった私もいけないと思うし…。私…心が狭いですよね」


主さまはとても優しくしてくれた。

今でもとても好きだし愛しているけれど、隠し事はしないと決めた傍から秘密を作られて何かがぷちんと弾けたのは事実。


「…もう戻らなくちゃ父様が心配しちゃう。じゃあ地主神様…またお会いしに来ますね」


大きな石の傍に置かれた手拭いが誰のものかわからなかったのでそのまま置いておこうと決めて背を向けて歩き出すと、突風が吹いてとんと背中を押された。

そして足元に何かが巻き付いたので視線を下げると――あの手拭いが脚に絡み付いていた。


「大変っ、汚れちゃう!」


慌てて拾い上げてまた綺麗に畳んで祠に置いたが…背を向けると必ずといっていいほど風が吹いて脚や背中に張り付く。


「地主神様…これ…私にくれるんですか?」


風が止んだ。
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