主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
集落というには大きくて、呆気にとられた。

整然と区画整理されたように家が立ち並び、1番奥には一際大きな屋敷が建っている。

八咫烏をそこに導いた主さまは、村の者がこちらを見上げて指を差しているのを見つつ、屋敷の前に八咫烏を降りさせた。


「おっきい…!主さまのお屋敷よりも大きいかも…。ぬ、主さま…緊張してきちゃった!」


「緊張せずともいいと言っただろうが。俺が来ていることにはすぐ気付いているはずだ。…そら、出て来たぞ」


主さまの表情が険しくなり、ぴりりとしたのがわかった。

屋敷の戸が開いて中から出て来たのは…まさに主さまを壮年にしたかのように秀麗な美貌をした男だった。

濃紺の着物をゆったりと着こなし、主さまよりも長い黒髪をひとつに束ねた男が、潭月だ。

緊張した息吹が思わず主さまの背中に隠れると、主さまは息吹を庇うようにして潭月の目から息吹を覆い隠し、ぶっきらぼうに言った。



「お望みの通り、帰って来たぞ」


「以前高千穂へ来た時は挨拶もなしに帰っただろうが。俺はそれを恨んでいる。息子よ、さあ腕に飛び込んでこい。それでちゃらにしてやる」


「ふざけるな。誰がお前の腕になど飛び込むものか。寝言は寝て言え」


「ひどいぞ。嫁を迎えたことすら事後報告もなく、俺も妻も嘆いたものだ。お前の育て方を間違った、とな」



主さまよりも少し低くて艶のある声。

興味にかられた息吹が主さまの背中からひょっこり顔を出すと、潭月は組んでいた腕を解いて腰に手をあてると、首を傾けて息吹を覗き込んだ。


「おお、これは可愛いな。そうか、お前の趣味はこういう可愛い女だったか」


「…息吹には何もするな。俺が黙っていないぞ」


「嫁には何もしないが、お前にはしてもいいという風に取ったぞ。ふふふ…さあ中へ入れ。お前の帰りを妻が待っている」


言いたいことだけ言ってさっさと中へ戻ってしまった潭月は相変わらずな気分屋だ。

不機嫌な主さまに対して、息吹は――主さまが壮年になれば、あんな風に渋くなるのかと想像すると、つい身悶えて主さまに眉を潜められた。


「何を喜んでいるんだ」


「だって…お義父様かっこいいんだもん…。私、なんのご挨拶もまだしてないのに…駄目な嫁だって思われたらどうしよう」


「心配ばかりするな。俺の母はあいつより話が通じる。挨拶する順序を間違えた」


呟いた主さまは、息吹の手を取って開け放たれた戸を潜って懐かしい実家へ足を踏み入れた。
< 15 / 377 >

この作品をシェア

pagetop