主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
屋敷の中へ入ると長い廊下は薄暗く、左右には幾つもの行燈がずらりと並べられている。

床も磨き上げられていてつるつる滑るため、主さまの帯に掴まりながら歩いていると、左右の部屋の襖は開け放たれていて、立派な調度類が並んでいるのを見た息吹は瞳を輝かせた。


「主さま、なんか…全てが立派だね。主さまはここで育ったの?」


「そうだ。親父と母は幽玄町のあの屋敷で暮らしていたが、出産が近付くとこちらに戻って俺を生み育てた。成長してからは幽玄町に戻って百鬼夜行を継いだ」


「ふうん…。でも素敵なお屋敷…。私もここで赤ちゃん生みたいな」


肩越しに振り返った主さまがやわらかく微笑んだのを見てほっこりした気分になっていると、そこに先頭を歩いていた潭月が割り込んできた。


「なんだ、もう腹が大きいのか?」


「違う。お前と一緒にするな」


「何を言うんだ、俺の妻はお前を孕むまで時間がかかったんだぞ。息吹姫よ、言葉の選び方を間違えると俺の嫁はすぐに臍を曲げる。心してかかってくれ」


「え…は、はいっ」


…まだ名を名乗っていないのに潭月がすでに自分の名前を知っていることに驚いた息吹がいつもより大きく目を見開くと、潭月は1番奥の部屋で立ち止まった。

主さまもこの部屋をもちろんよく知っているので、先程潭月が注意したように、息吹の肩を抱いて言い聞かせた。


「母は呪いが趣味で、これから起きる出来事を言い当てたりする。あと親父程じゃないが気分屋だ。…上手に付き合ってくれ」


「う、うん、頑張るっ」


大きく深呼吸をして頷くと、潭月がゆっくりと襖を開いた。

中からは上品な香の匂いが漂ってきて、廊下と同じように薄暗く、行燈が置かれているのが肩越しに見えた。

床は赤い敷物が敷かれてあり、一際大きな雪洞(ぼんぼり)の中央に少し高い段差があり、そこに雅な扇子で顔を隠している女の姿が在った。



「周(あまね)よ、息子が嫁を連れて帰って来たぞ」


「おお、ようやく帰って来おったか…。十六夜や、よく顔をお見せなさい」


「母上、ただいま戻りました」



周という名の母が座す台座の下で深々と頭を下げた主さまに倣って少し後方で息吹も頭を下げると、周はセンスからちらりと目だけ見せて秀麗な唇を吊り上げた。


「そなたがわたくしの息子の嫁か。近う寄りなさい…」


「は、はい」


緊張して上ずった声を上げた息吹につい笑みを浮かべてしまった主さまは、隣でにやにやしながらそれを見ていた潭月と目が合うと、口元を引き締めてそっぽを向いた。
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