主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
やって来た胡蝶は茣蓙に座る気配がなく、見下すように息吹の前に立って腕を組んでいた。


「で、私の何を知っているというのかしら」


「主さまのことが好きなんでしょ?」


ずばり口に出してみると、胡蝶は主さまによく似た冷たい眼差しで息吹を一瞥しつつ、眼差しと同じく冷たく押し殺した声で息吹を包み込む。


「…私たちは姉弟よ」


「半分血が繋がってるんですよね。姉弟でも好きなんでしょ?胡蝶さん見てたらわかっちゃった。主さまそういうのに気付きそうにないですもんね。鈍感だから」


お前に言われたくない、という主さまのため息が聞こえそうな台詞だったが、息吹は何故か自信満々に胸を張って大威張り。

そして隣をぽんぽんと叩いて座るようにまた促すと、胡蝶は距離を取って茣蓙に座りながら悩ましいため息をついた。


「外れよ。誰があんな堅物に惚れたりするものか」


「外れてません。胡蝶さんは主さまが好きだからいじめてるんでしょ?百鬼夜行を継げなかったからじゃないんでしょ?だってすごく好きって目で主さまを見てたし」


「そんなことないわ。いい加減なことばかり言わないで。本当に食ってやろうかしら」


「主さまにはちゃんと好きって口に出して言わないと絶対気付きませんよ。胡蝶さん…主さまをいじめないで下さい。あなたが主さまに優しくしてくれたらきっと主さまも優しくしてくれます。だってあなたはお姉さんだから」


胡蝶の頬が少し痙攣して傷つけてしまったとわかったが、息吹は主さまの妻として、胡蝶に主さまを諦めてもらう必要がある。

けれどこの美しい鬼のことを憂いている主さまの気持ちもよくわかるので、無理矢理細くて綺麗な手を握りしめてじっと目を覗き込んだ。


「主さまのお姉さんになんて胡蝶さん以外誰にもなれません。だから仲良しの姉弟になって下さい。生まれてくる赤ちゃんも抱っこしてあげて下さい。あなたは主さまにとって特別な存在なんですよ」


「……私が…?」


「だってたったひとりのお姉さんでしょう?主さまをいじめてその度に傷つくよりも、仲良くして笑いかけてもらえる方がいいでしょ?私だったらその方がいいけど」


――この小娘は一体何を言っているのか…

思わず噴き出してしまった胡蝶は、主さまとよく似た微笑で息吹をにっこりさせた。
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