主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
息吹が床上げをした。

客間を出て戻って来た息吹を熱烈に歓迎した山姫や雪男は、すぐさま息吹に駆け寄りつつも首を傾げる。


「本当にもうつわりは大丈夫なのかい?」


「うん、時々つらいかもしれないけどもう平気。ね、主さま」


「……ああ。晴明、ちょっとこっちに来い」


火鉢の前でごろりと横になって寛いでいた晴明に声をかけた主さまは、庭に降りて人気のない蔵の方へとどんどん歩いて行く。

遅れてついてきた晴明の姿を見止めると、裏山の方を指してまた仏頂面になった。


「…地主神が息吹に会いに来た」


「ああ、これは地主神の気配だったか。何やら珍妙な気配がしたので探っていたのだが。息吹に会いに…とはどういうことだ?」


息吹が床に臥せってからほとんど朝廷へ出向くことがないため、烏帽子も被らず髪もひとつに結んだだけで着流しの着物姿という寛ぎ満点の出で立ちの晴明は、息吹が育てている花を愛でながら主さまに問う。


美しく咲き誇りたいと願う花のために、つわりに苦しみながらも山姫や雪男に手伝ってもらいながら毎日花に水遣りをしていた息吹は、この庭の風景を愛している。

一輪も散らせてはならないと注意しながらそっと黄色い花に指で触れた主さまは、あの好々爺を思い出した重たいため息をついた。


「…息吹のつわりを和らげてくれた。だが…その代わりに俺に毎日祠に来いと」


「ほう、その程度で済むのならばよかったではないか。そなたが長年祠に出向かなかった罰と思うがいい」


「……わかっている。晴明、お前は今しばらく屋敷に留まれ。息吹の体調が完全に良くなるまではな」


「いいとも、私も妻と娘の傍に居ることができて嬉しいと言うものだ」


山姫のことはともかく、娘の息吹を猫可愛がりする晴明につい嫉妬してしまう主さまは、鼻を鳴らして屋敷の方へと戻りながら強がりを口にした。


「お前など居ずともどうにでもなるが、一応万全を考えてのことだ。息吹にあまり構いすぎるな。そろそろ子離れをしろ」


「ほほう、言うようになったねえ。では今から私が息吹につれなくしてみてどうなるか試してみることにしよう。以後の愚痴は聞かぬぞ」


「………やめろ」


結局は口で晴明に勝つことはできず、思い知らされただけだった。
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