主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
もはや我が家のように寛いでいる潭月や周、そして晴明とお茶を飲んでいた主さまは、突然晴明が切りだした提案でお茶を噴き出しそうになった。


「時に息吹、お腹の子は平安町の我が屋敷で産むと聞いているが…どうだろうか、私が孫を取り上げたいのだが」


「ごほっ!ごほごほっ、せ、せいめ…!」


「なんだ騒々しい。私は息吹に話しているのだから落ち着け。どうだろう息吹」


「父様が赤ちゃんを取り上げてくれるの?嬉しいっ、ありがとうございます!」


思いきり喜んだ息吹の反応に思いきりしかめっ面をした主さまは、隣に座っている息吹の腕を掴んで目が合うと何度も首を振った。


「そいつは産婆じゃないんだぞ。それに男じゃないか」


「父様はなんでもできるすごい方なんだから大丈夫だよ。私もそうしてほしいなって思ってたからすっごく嬉しい。術でも使って私の心を読んだの?」


「いやなに、娘の考えていることなど手に取るようにわかるとも。ではそのように手筈を整えておこう。…何だい十六夜。何か言いたいことでも?」


「…俺も立ち会う。それが条件だ」


「え!主さまがっ?でも…なんか恥ずかしいし…産まれるまで隣の部屋で待ってて」


晴明はよくて何故自分はいけないのか。

不満が顔にありありと浮かんだ主さまが掴んでいる手をそっと外した息吹は、ずいっと身を乗り出して主さまの鼻先に指を突きつけた。


「すっごく痛いだろうし、血が出るし、つらくて泣いちゃうかもしれないから主さまにそんな私を見てほしくないの。ねえ主さま、わかって」


「……」


出産がどんなものであるかは晴明に貰った巻物で知ってはいるが――いかんせんはじめての子が産まれる瞬間にどうしても立ち会いたい主さまは頑として首を縦に振らず、扇子についている長い紐で手遊びをしていた周にひそりと笑われた。


「駄々をこねる様がそなたの父によう似ておる。あれもわたくしが出産する際は何が何でも立ち会うと言うて聞かなかった」


「……もういい。少し寝る」


ふてくされて珍しくも少し唇を尖らせて子供のような表情を見せた主さまが夫婦共同の部屋に引きこもってしまうと、息吹はそろりと腰を上げて皆に肩を竦めた。


「ちょっと宥めてきます」


立ち会いたいと駄々をこねる主さまが可愛らしくて、笑みを堪えながら襖を開けて寝転んでいる主さまの背中側に座った。
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