主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
がり、と何かを食む音がした気がした。


ああ、この人は本当に鬼だったのだという実感が沸いた。


こうして身を食われるのは2度目のこと。

もう2度と起きないことだろうと思っていたのに――好いた男に身を食われて、だが死にきれなくて…

絶望に打ちひしがれた椿姫は、目の色を変えて貪っている彼方を涙を流しながら見つめていた。


「私は…あなたに……騙されて…いた…」


「食っても食っても再生する…なんだこれは…美味い…こんなの食ったことがない…!」


もはや自分の声も届かないのか――

どこを齧られているのか知りたくもなくて、両手で両目を覆って視界を塞ぐが、耳は塞げずに食む音が聞こえていた。


この妖から逃げなければならない。


騙されてこんな人気のない所に連れ込まれて…丸め込まれて…偽りの愛を信じ切って…

自分の人生は一体何だったのだろうか?


彼方はもう恐ろしい存在にしか見えず、感じず、好いた男の正体を知って甘い気持ちが一気に萎えた椿姫は、ただただ終わるのを待っていた。

終わるのを――


それは一刻を過ぎた頃に、終わった。


顔を上げた彼方は、感情の消えた椿姫の瞳を見て…戦慄いた。


一体自分は何をしていたのだろうかと両手を見つめて、呆然としていた。



「つ…椿姫……俺は今…何を……」


「…私を解放して下さい。どうか…どうかお願いいたします…」


「ち、違う…椿姫、俺はお前を愛……」


「私を愛していたのならば、私を貪らなかったはずです!…私のこの再生する身…あなたに捧げるわけにはいきません。どうか…どうか解放を!」



本当に呆然としていように見えたが、それも演技かもしれないと思うと信じるわけにはいかない。


「椿姫……俺にはお前が必要なんだ…。こんな想い、はじめてなんだ…」


「…これで一生食べ物に困らないとでも思っているのでしょう…?もうあなたの言葉は信じません。私を解放して下さい!」


何度も叫ぶ。

何度も何度も叫んでいるうちに、突然腹に鈍い痛みを感じて意識を失った。


「椿姫……」


誰かの震える低い声が聞こえたような気が、した。
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