主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「ふむ、大人しくしていたようだな。十六夜、ここから出てもいいぞ」


翌朝昼を過ぎた頃再び幽玄町の主さまの屋敷を訪れた晴明は、蔵に入るなり主さまの様子を見てそう言った。


蔵の隅には椿姫が身体を丸くして眠っている。

椿姫をここから出しては人を理由なく食ってはいけないと主さまと誓約を交わしている百鬼たちでさえも一体何をしでかすかわからないので、出すわけにはいかない。


「…この女はどうする」


「ここに閉じこめておく。今までは神社に張り巡らされた結界内で保護されていたが、場所が変わっただけのこと。ここに居れば問題ない」


烏帽子を被ったいつもの狩衣姿の晴明は、じっと見上げてくる主さまが何を言わんとしているかをすぐに覚ると、主さまの前にどっかり腰を下ろした。


「腹の中の子が元気すぎて少々手こずっているようだ。だが私が思っているよりも意気消沈はしていない」


「…そうか。…いつなら会ってもいいんだ?今日…行ってもいいか?」


「血液の半分以上を失って足元がおぼつかぬはずだぞ。せめて明日にしてくれ。そうでないと息吹が万が一そなたを心配してしまうと心配事が増える」


「……」


確かに足元はおぼつかないが、それよりも息吹に会いたいという思いが勝る。

会えば拒絶されて冷たい言葉を浴びせられるだろうが…それでも会いたいと思う。

それはとても怖いし身を切り刻まれるように痛いだろう。


だがそれでも――


「…俺に会いたくないと言っていたか?」


「そうだな、そなたが我が屋敷を訪れる際は部屋に結界を張ってくれと頼まれたが」


「……それでもいい。息吹の傍に居たい」


「私は構わぬ。だがそなたを擁護はせぬぞ」


主さまと晴明が無言で見つめ合い、互いに妥協をして頷いた。

晴明は椿姫の身体に持参した掛け布団をかけてやると、蔵から出るように主さまを促す。


多少足元をふらつかせながら蔵から出た主さまは、今か今かと待ち受けていた百鬼たちに一斉に囲まれて目を見張った。


「主さま、よく御無事で!」


「主さま!」


「…心配をかけたな」


そう言うのがやっとだった。
< 276 / 377 >

この作品をシェア

pagetop