主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
息吹を追って母屋に戻ったが、庭には山姫と雪男が居て肝心の息吹と晴明が居ない。


「…息吹はどこへ行った?」


「八咫烏に乗って裏山の地主神の所へ行きましたよ。なんでも安産の祈願をするとかで」


「…俺も行って来る」


すぐさま身を翻して裏山へ向かった主さまを見送った山姫は、息吹の腹の中の子が逆子であると主さまから聞かされていたので、不安で胃が押し潰されそうになっていた。


「もうそろそろ産まれるっていうのに…。晴明はちゃんとお産を手伝えるのかねえ…」


「手伝いに行けよ。俺は…いいや。ここで息吹を待つ」


「あんたも大概しつこいねえ。主さまと息吹は絶対離縁なんかしないよ。あたしはそう信じてる」


頑なに息吹を想う雪男につんと顔を逸らして言い返した山姫がため息をついている頃――

山頂の地主神の祠に舞い降りた息吹は、少し訪れない間に薄汚れてしまった祠に水をかけて両手を合わせると、瞳を閉じた。


「最近来れなくてずっと気になってたんです。地主神様…赤ちゃんを授けて下さったけど、こんなことになってごめんなさい。それに…赤ちゃんが逆子なんです。無事に産んであげられるようにお願いします」


長い間息吹が祈っている間に、地主神が宿っている大きな石がじわりと光りを放ったのを晴明は見た。


そして大きな石の上に例の真っ白な髭をたくわえた好々爺が現れると、片手で髭を撫でながら糸のような目を細めた。


「ほうほう、また母を困らせるか。産まれぬうちから迷惑をかけてはいかんぞ」


「え…?あ、地主神様!違うんです、きっと私がびっくりしちゃうことが起きて…それででんぐり返しを」


「ほっほっほ、そうかそうか。まあ案ずるな。その子は確と産まれてくる。時間はかかるだろうが、しっかり踏ん張って頑張りなさい」


「ありがとうございます!わあ…ちょっと気が楽になったかも」


ほっとして大きな腹を撫でた息吹の肩を抱いた晴明は、地主神に頭を下げて待機させていた八咫烏に乗った。


「地主神殿、お産の際はぜひ我が屋敷に」


「そうじゃのう、では行くとするか」


「ありがとうございます地主神様!」


息吹の明るい声に、地主神も晴明も頬を緩めた。
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