主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
うずくまって顔を上げなくなってしまった主さまの背中を撫でていた晴明は、息吹と椿姫の話が終わると腰を上げて息吹に歩み寄った。


「椿姫は神社に戻す…それでいいんだね?」


「これは私のお願いであって、決めるのは椿姫さんだから。すぐにとは言いませんから、よく考えて下さい」


「…ありがとうございます…息吹さん。私はあなたにひどいことをしたのに…」


「もう終わったことだからいいんです。私…この子が居るから平気。この子を無事に産んであげなくちゃ。じゃあそろそろ行きますね」


一度座るとひとりではなかなか立ち上がれない息吹の身体を支えて立ち上がらせた晴明は、蔵の扉を開けて主さまを残したまま後にした。


残された主さまは、息吹が去ると姿を現して椿姫をぎょっとさせた。


「主、さま……いらっしゃったのですか…?私と息吹さんのお話を…」


「……聞いていた。息吹は気付いていないはずだ。だからこのことは口外するな」


ようやく顔を上げたものの様々な感情が渦巻いてひどい顔をしている自覚があった主さまは、片手で顔を覆ったまま歯を食いしばっていた。


――息吹と話したい。

息吹に会って…話をして…抱きしめて…


傍にいるから安心しろ、と言って不安を少しでも払ってやりたい。


あの身体では恐らく数日中に陣痛が来るはずだ。

出産までには必ず酒呑童子を見つけて、これ以上歯向かってこないように最終的には殺すことまで考えていたのだが、捜し出すことができなかった。


「…椿姫…俺が酒呑童子を殺してもいいか?お前は後悔しないか?」


「……わかりません…。私は…ますますわからなくなってしまいました…。酒呑童子は…私に会いに来るでしょうか?」


鬼に愛された人の女。

自分が酒呑童子の立場だったら、間違いなく奪い返しに行くだろう。


主さまは小さく頷いて腰を上げると、肌身離さず持っている天叢雲をぎゅっと握りしめた。


「俺だったら奪いに行く。酒呑童子はお前がここに居るから現れないだけだろう。…それを踏まえて答えを出せ」


蔵を出た主さまが、息吹の後を追う。

出産までの時間が、刻々と近付いてきていた。
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