主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
牛車に乗って幽玄町に向かっている間、御簾を少しだけ上げて空を見上げた。


本来なら澄み渡るような青空が広がっている空は雷雲が立ち込めて禍々しいものに成り果てている。

不安げに唇を震わせた息吹が御簾を下ろして晴明の手を握ると、晴明は息吹の腹に手をあてて探るように瞳を閉じた。


「体調は悪くないね?どこか痛いところは?」


「どこも悪くはありません。でも…この音がお腹に響いてて…」


今も空からは酒呑童子が結界を攻撃している大きな音が鳴り響いている。

通りには朝廷から派遣された衛兵たちが家から出ないようにと人々に呼びかけている姿が目立っていた。


「父様…椿さんはどうなるの?主さまはどうするつもりなの?」


「私は十六夜の決めたことに干渉はできぬ。息吹、十六夜は妖の頂点に立つ者だ。あれの采配ならば誰もが従う。助言はするが、私とてそうだよ」


酒呑童子は椿姫を奪い返すのが目的なのか――

それとも、主さまを打ち負かして妖の頂点に立つのを野望としているのか――

はたまた、両方なのか――


「幽玄町に入ればいつ何時何が起きるかわからぬ。私か十六夜の傍から離れぬように。いいね?」


「……はい…」


晴明の言うことは絶対だ。

息吹が頷いたのを確認した晴明は、幽玄橋を渡って赤鬼と青鬼の前で牛車を留めると、いつも以上に険しい顔をしている。


「おお晴明と息吹か。今はここに来ない方がいいぞ、特に息吹は引き返した方が…」


「私が留守の間に息吹を狙われては困る。お前たちも気を付けなさい」


「主さまの傍なら安全だ。息吹、転んだりするなよ」


「うん、青も赤もありがとう」


空を打つ音はどんどん大きくなっていた。

その度に息吹が案じるように腹を撫でるので、晴明はそれを横目で見つつ牛車が止まると息吹を抱きかかえて牛車から下ろした。


「ああ、集まっているね。さあ息吹」


主さまの屋敷の周辺及び庭には、一鬼で一騎当千の力を持つ妖が余すことなく集結していた。


とんでもないことが起きようとしている――


息吹の頭の中は、主さまを心配する気持ちでいっぱいになった。
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