主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「きゃぷぅ」


腕の中の朔が何やら嬉しそうな声を上げていた。

眠りから覚めた息吹は、先に起きていた主さまが朔の角に触れて遊ばせているのを見て笑みが浮かんだ。


「主さま…」


「腹を空かせているらしい。…俺は外すから…その…」


「主さま…恥ずかしがっても駄目。この子には私のお乳しかないんだから、ちゃんと見てて」


「!い、いや、俺は…その…」


とにかく恥ずかしがってこちらを見ようとしない主さまを叱ろうとした時、廊下を歩く音が聞こえた。

耳を澄ましているとすらりと襖が開き、現れたのは――酒呑童子が現れて以来ずっと行方不明だった銀だった。


「おお!無事に産まれてきたか」


「銀さん!どこに行ってたの?心配してたんだよ?」


息吹が朔を抱いて身体を起こすと、銀は抱っこしていた若葉を畳の上に下ろして首をこきこき鳴らしながら笑った。


「いや、若葉を守らなくてはと思ってな。今までずっと晴明の屋敷に居た。俺は若葉の父代わりだから俺が守ってやらないと」


「ふうん…えへへ」


息吹が含み笑いを浮かべてよちよち近づいてくる若葉に手を伸ばすと、若葉は目を真ん丸にして朔に穴が空くほど見つめていた。


「若葉…朔ちゃんって言うんだよ、可愛いでしょ?仲良しになれるといいね」


「あーうー」


「朔と言うのか?ん、いい名だな。十六夜、お前が名づけたのか」


「……そうだ」


「月の名か。潭月がさぞ喜ぶことだろうな」


またもや潭月の話になってしまうと、主さまは顔をしかめて鼻の頭に皺を寄せた。

朔がもそもそと息吹の胸に触れると、銀は若葉を抱っこしてふかふかの尻尾をぴょこぴょこ動かしながら縁側に移動する。


「酒呑童子の件も解決したそうだな。十六夜、今後一切息吹を泣かせると俺が酷い目に遭わせてやるぞ」


「お前には一切関係ないことだ。…俺は俺なりに償いをしていく」


「償いなんて…そんなこと考えなくていいんだよ主さま。ねえ見てほら、朔ちゃんが笑ってる!」


朔がふにゃっと笑っていた。

その笑顔はどこか息吹に似ているように見えて、主さまもつられるように微笑して銀をにやにやさせた。
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