主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
幽玄町の屋敷へ帰り着くまでの間、ただひたすら速く駆けた。

おかげで百鬼たちはくたくたになったが、主さまはもちろん気にもしない。

屋敷の屋根が見えてにわかに心踊った主さまは、そっと庭に降り立って息吹を起こさないようにと気配を消して、縁側の方から上がって襖を開けた。


もう夜明け前。

息吹が最も望んだ結末を迎えることができたので、きっと喜ぶだろう。

だが、いつも朔の世話などで日々疲れているであろう息吹を起こしたくはない。

夜目の利く主さまは、朔と共にすやすや眠っている息吹を見つけて、頬を緩ませた。


唯一の、安住の場所。

唯一の、大切な人。


ーーそっと同じ床に潜り込むと、完璧に消したはずの気配を感じたのか、朔がぱっちりと目を開けた。

だが声も開けず、大きな目を目一杯開いて手を伸ばしてきた。

朔を腕に抱いた主さまは、壊れそうなほどに脆い息吹の頬に触れて、温かさにまどろむ。

…きっとさっきまで起きて待っていたに違いない。

そう想像を巡らせると、愛しさも増すというもの。


「…息吹…戻ったぞ」


「うん、お帰りなさい」


「!?」


…まさかの狸寝入り。

驚いて身体を起こしたく主さまだったが、むくりと起き上がった息吹はしたり顔だ。


「寝てると思ってたんでしょ?残念でした!」


「な…っ」


「寝れるわけないでしょ?心配でずっと起きてたの。主さまお帰りなさい。それで椿さんは…」


主さまは椿姫が酒呑童子に見せたように、微笑んだ。

みるみる顔が綻ぶ息吹がぐうっと抱き着いてくると、長く艶やかな髪に指を潜らせた。


「よかった…。よかったね、主さま…」


「…お前が望むようになった。これで文句はないな?」


「最初から文句なんか言ってないもん。主さま疲れたでしょ、ゆっくり寝てね」


「お前と寝る」


「えっ?」


即答してみせると、息吹の顔が赤くなる。

また眠ってしまった朔を床に寝かしつけて、そっと息吹の身体を押して一緒に横になった。


これだけで、疲れも吹き飛ぶというもの。


瞳を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくる。

息吹もまた主さまと同じで、ふたりはすぐに眠りへと落ちていった。




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