主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
いつの日も、どんな時でも息吹は笑顔だ。
だがこの日の夕暮れ時、百鬼夜行のために集まった百鬼たちに向ける目からは、今にもなみだが溢れそうになっていた。
「息吹が泣いてるにゃー」
「駄目だぞ息吹。俺たちがいじめてると思われたら制裁されるじゃないか」
「違うんだよ、これは…」
いつものように騒がしい庭。
大挙の妖たちはなんやかんやと息吹をからかっては頭を代わる代わる撫でていく。
「任せとけって。な、息吹」
「うん、ありがとね。よろしくお願いします」
何故息吹が謝り、百鬼たちが頷くのかーー
縁側で、ばたんと本を閉じる音がした。
騒がしかった百鬼たちが一様に口を閉じ、件の者に視線を集中させる。
肩で一度息をついたその男は、立ち上がると、その冷ややかそうな外見とは似つかわしくない笑顔を彼らに向けた。
「朔ちゃん、今日からお務めだね。朔ちゃんならちゃんとできるよ」
「はい、お母様。お父様、行ってきます」
「ああ。俺たちはこれから別宅に住む。何かあったら来い」
「へへっ、何もなくても主さまは先代のとこに入り浸るに決まってるさ」
ーー彼らの言う主さまとは朔のことで、先代とはそれまで百鬼夜行を率いてきた十六夜のこと。
代替わりすると総じて先代と呼ばれ、百鬼夜行を率いる者は主さまと呼ばれる。
朔が生まれてから十数年後ーー朔は十六夜から役目を引き継いだ。
そして息吹と十六夜は、今後この屋敷を離れて別宅に移り、小さな子供達と共にゆっくりと過ごすことができる。
年頃の子供達は後世の勉学のためと朔を助けるために残ると言って、離れて暮らすことになった。
「息吹、行くぞ」
「はい。朔ちゃん、またね」
「はい。お前たち、行くぞ!」
「おう!」
物静かな外見とは似つかわしくない、勇ましいかけ声。
勢いよく空を駆け上がる若々しい朔の姿が消えるまで見守った後、十六夜は息吹の手を引いて屋敷を後にした。
「ねえ主さま」
「その呼び方はもうやめろ」
「じゃあ…十六夜さん。銀さんと若葉も居なくなったし、静かになるね」
「静かになると思うか?小舅が毎日顔を出しに来るに決まっているだろうが」
「ふふっ、それもそうだね。十六夜さん、やっと隠居できてお気持ちはいかがですか?」
十六夜は、まん丸な月を見上げると、朔のように無邪気な笑みを浮かべて呟いた。
「これでやっとお前と日々を紡いでいける」
ふたりに深々と注がれる月の光。
暗闇に消されることなく降り注ぎ、息吹が背伸びをしてふたりがひとつになると、小さく笑ってこれからの日々を今以上に幸せに感じて、去って行った。
【完】
だがこの日の夕暮れ時、百鬼夜行のために集まった百鬼たちに向ける目からは、今にもなみだが溢れそうになっていた。
「息吹が泣いてるにゃー」
「駄目だぞ息吹。俺たちがいじめてると思われたら制裁されるじゃないか」
「違うんだよ、これは…」
いつものように騒がしい庭。
大挙の妖たちはなんやかんやと息吹をからかっては頭を代わる代わる撫でていく。
「任せとけって。な、息吹」
「うん、ありがとね。よろしくお願いします」
何故息吹が謝り、百鬼たちが頷くのかーー
縁側で、ばたんと本を閉じる音がした。
騒がしかった百鬼たちが一様に口を閉じ、件の者に視線を集中させる。
肩で一度息をついたその男は、立ち上がると、その冷ややかそうな外見とは似つかわしくない笑顔を彼らに向けた。
「朔ちゃん、今日からお務めだね。朔ちゃんならちゃんとできるよ」
「はい、お母様。お父様、行ってきます」
「ああ。俺たちはこれから別宅に住む。何かあったら来い」
「へへっ、何もなくても主さまは先代のとこに入り浸るに決まってるさ」
ーー彼らの言う主さまとは朔のことで、先代とはそれまで百鬼夜行を率いてきた十六夜のこと。
代替わりすると総じて先代と呼ばれ、百鬼夜行を率いる者は主さまと呼ばれる。
朔が生まれてから十数年後ーー朔は十六夜から役目を引き継いだ。
そして息吹と十六夜は、今後この屋敷を離れて別宅に移り、小さな子供達と共にゆっくりと過ごすことができる。
年頃の子供達は後世の勉学のためと朔を助けるために残ると言って、離れて暮らすことになった。
「息吹、行くぞ」
「はい。朔ちゃん、またね」
「はい。お前たち、行くぞ!」
「おう!」
物静かな外見とは似つかわしくない、勇ましいかけ声。
勢いよく空を駆け上がる若々しい朔の姿が消えるまで見守った後、十六夜は息吹の手を引いて屋敷を後にした。
「ねえ主さま」
「その呼び方はもうやめろ」
「じゃあ…十六夜さん。銀さんと若葉も居なくなったし、静かになるね」
「静かになると思うか?小舅が毎日顔を出しに来るに決まっているだろうが」
「ふふっ、それもそうだね。十六夜さん、やっと隠居できてお気持ちはいかがですか?」
十六夜は、まん丸な月を見上げると、朔のように無邪気な笑みを浮かべて呟いた。
「これでやっとお前と日々を紡いでいける」
ふたりに深々と注がれる月の光。
暗闇に消されることなく降り注ぎ、息吹が背伸びをしてふたりがひとつになると、小さく笑ってこれからの日々を今以上に幸せに感じて、去って行った。
【完】