主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
もしかして自分の勘違いだったら恥ずかしい――

まさか義経に言い寄られているのでは…という考えが頭をよぎった息吹は、思い上がりにもほどがある想像に頭をぶんぶん振って、肩に乗っている義経の手を引き剥がそうと躍起になった。


「あ、あの…離して下さい。私に触ると主さまが怒りますから…」


「妖などと触れ合ってはいけません。奴らは人を騙したり食ったり、夜な夜な空を駆けては人々を恐怖に陥れているではありませんか」


「違います!主さまは妖が悪さをしないように見張ってるんです!主さまたちのことを悪く言わないで下さい!」


思ったよりも強く口調に非難の響きがこもってしまい、しゅんとなってしまった義経に頭を下げた息吹は、涙をこらえながら何度も謝った。


「ごめんなさい…私…かっとなっちゃって…」


「いえ、私こそ申し訳ありませぬ。…ですが息吹姫…私の考えは変わりませぬ。もう二度とあなたの前では非難はいたしませぬが、私たちはそれぞれ違う考えを持っております。ですので、私は私の価値観をあなたに押しつけない。だからあなたもあなたの価値観を私に押しつけないで頂きたい」


「はい…。もう帰らなくちゃ」


赤鬼と青鬼の足元でうずくまっていた猫又がにゃあにゃあと鳴いて催促をしてきたので、息吹は義経の手から氷菓子が入っていた器を貰うと、もう1度頭を下げて背を向けた。


「息吹姫!その…明日もお会いできますか?あなたを怒らせるつもりでは…」


「はい、主さまに聞いてみます。私も怒ってないですから、また道長様たちのお話を聞かせて下さい」


にこっと笑った息吹にほっとした義経は、ぺこりと頭を下げた後兜を脇に抱えて平安町側へ歩いて行く。

戻って来た息吹を出迎えた猫又は、尻尾を握ってきた息吹を見上げて金色の細い瞳をさらに尖らせた。


「あいつ…なんだにゃ?息吹に気安く触ったにゃ。主さまに言い付けるにゃ」


「言い付けちゃ駄目。確かにいきなり触られてどきっとしたけど…1番どきどきさせてくれるのは主さまだから。どうして猫ちゃんが居るの?迎えに来てくれたの?」


「主さまに言われて来たにゃ。雪男もずっといらいらしてるにゃ。息吹が居ないとみんなきりきりするにゃ」


「そっか、じゃあ早く帰ろ。猫ちゃん、お魚買ってあげる」


猫又の額を撫でてごろごろ言わせながら、幽玄橋を振り返った。


義経は馬に騎乗して、じっとこちらを見つめていた。
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