瑠哀 ~フランスにて~
 聞こえるか聞こえないかの小さな声を出し、朔也が音を立てずにドアに寄って行った。

 その全身が緊張しだし、息を殺してドアに耳を寄せている。


 朔也がピエールを少しだけ振りかえり、その目で、敵だ、と告げた。


 ピエールもスッと音もなく立ち上がり、朔也の横に歩み寄った。

 その扉のノブに手をかけ、朔也に目線で合図を送る。


 朔也が頷いた――――


「―――動くな!」


 朔也が中に入ると同時に、男が叫び返した。


「―――ケイン!」

「動くなよ。この女の命が惜しかったら、そこを動くなっ」


 ケインが口をゆがめたまま、朔也に君の悪い笑みを投げる。その右手にナイフが握られ、瑠哀を後ろから押さえ込んでそれを首にピッタリと押し当てている。

 その反対の手にはボーガンを持ち、真っ直ぐに朔也達の方へ向けられいた。


 ケインは朔也達が動かないのを見て、そのナイフをまたぐッと瑠哀に強く押し当て、笑いながら瑠哀の髪を舐め出した。


「挨拶はどうしたんだよ。いつでも用意ができてるんだろう?

わざわざ、お前に会いに来てやったんだぜ」


 ケインはそのナイフの刃先を動かし、瑠哀の顔を上げさせた。

 その頬を、舌を出して嫌らしく舐めて行く。首筋から、一筋、血が流れ出した。


「動くなっ!」


 スッと動きかけた朔也に、ケインがボーガンを上げる。


『お願い、動かないで』


 そこにとても落ち着いた静かな瑠哀の声が降った。

 透き通るほどに深い漆黒の瞳が、朔也を真っ直ぐに見つめている。
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