FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
 かく言う自分にも、幼い頃からそのパンドラを持っていた。

 安全が保証されていたガーネット時代には使う機械すらなく、そのパンドラに気付いたのはこのフォレストに来てからだ。



 相手のパンドラに殺されそうになった時、敵のパンドラは発動せずに自分は無傷であった。


 相手のパンドラを無にしてしまうパンドラ、"無のパンドラ"を持っていたのだ。


 クレドが力を使えば、パンドラで彼を傷付けることは難しい。


 クレド自身も自分以外のパンドラを目にするのは、過去数回襲ってきた輩と、今目の前にいるキリエだけだ。



 殺傷能力のあるパンドラならばともかく、治癒のパンドラが宿っているとは、喜ばしいことである。

 パンドラだと言うだけで人は喜ぶのに、それも治癒を持っている彼女は、あまり嬉しそうな表情ではない。



 自分のようなあまり役に立たないパンドラよりも、随分価値がある。




「キリエも途中発見だったんだな。実は俺にもあるんだ、パンドラが」



  生まれつきのパンドラではない二人は、成長途中にパンドラが発現した。




 キリエは大きな目を見張り、「どんなパンドラ?」と問う。




「俺には、無のパンドラと、"自己回復のパンドラ"がある」


 相手のパンドラを無にするパンドラと、自分の怪我と病気を治してしまうパンドラ。


 どちらも自分にしか利益のないパンドラである。


「すごい……! 良いパンドラ持ってるね、クレド」


 しかし彼女は感心したように微笑む。



「いや、キリエの方が良いよ。治癒だったら、他人にも活用できる」


 なんとも彼女らしい力だ。




 しかし自己回復のパンドラがあるおかげで、クレドは昔から弱かった体が強くなった。

 病気をすることもなくなったし、怪我をしても一瞬で治ってしまう。



 人間であって、人間在らざる能力をもつパンドラ。


 このフォレストで、キリエがパンドラだとわかれば色んな輩に狙われるかもしれない。


 それに治癒のパンドラのみならば、キリエは戦う事は出来ない。




「キリエ、俺の前で以外パンドラを使うのはやめろ」


 キョトンと不思議そうに小首を傾げる彼女は、クレドの考えなど全く頭の中にはないみたいだ。



「ここはフォレストだ。いつ殺されても可笑しくない町なんだ。パンドラなんて価値を他人にバレたら、利用され兼ねない」


「わかった……じゃあ使わない」



 クレドは素直な返事を聞いて、いい子いい子と頭を数回撫でてやる。



 3日間眠りっぱなしだったキリエは、夢に魘され汗もかいていた様だし、彼は風呂に入るよう勧めた。


 その間彼女がお腹も空かせているはずだから、クレドは手際よく料理を始めた。



 一人暮らしをしてから炊事洗濯、掃除をやるようになり、クレドは思いの外それを楽しんでいた。



 昔から器用だったこともあり、少し練習してみれば上達していったのだ。


 幼い頃キリエの好物だった卵料理と、簡単なスープが出来上がった頃、風呂場から彼女が出て来た。


 キリエは長い髪の毛からボタボタと垂れる雫を気にも留めず、嬉しそうにクレドの下へと駆けた。


 彼の服は彼女には大分サイズが大きかったようで、Tシャツがワンピースのようになってしまっている。




「キリエ、タオル貸して」



 そしてすっかり兄気分に戻った彼は、妹分の彼女の頭を、優しくタオルで拭いてやる。



「お腹空いたよ……髪、あとでいい?」


 チラリと可愛らしく見上げてくる小さな思い人に、頬が緩む。



「駄目だよ。風邪引いたら辛いだろ」



「はぁーい……」



 髪の毛を雫が垂れない程度に拭き終わると、キリエは椅子に座って勢い良く並んだ料理を食べ始めた。

 これは好きなやつだとか、久しぶりだとか、おいしいだとか、いろんな感想を言いながら食べる。



 昔と変わらない落ち着きの無さは健在だ。



 まるで兄のように優しげな眼差しでその様子を見ているクレド。

 ただ少し、気になることがあった。



 箸、スプーン、フォークが並べてある中で、キリエはスプーンとフォークしか使わず、箸には手を付けなかった。

 通常箸で食べるものだってあるのに、それすらもスプーンで掬って食べていたのだ。

 箸に持ち帰るのが面倒臭いからそうしただけだろうかと、クレドは少し考える。


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