FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
「ごちそうさま! おいしかったよ、クレド」


 満腹感に幸せそうに笑う無邪気さに、そんな考えもどうでも良くなる。
 クレドは基本現金な男である。

 こうしてキリエに笑ってもらえたら、もうどうでも良いのだ。


 フォレストに来てから、一つ一つの事に過敏になってしまったからその所為かもしれないと、自己完結する。




「髪、ちゃんと乾かしたら、キリエの服買いに行こう。着て来た服も所々破れてたし」



「お洋服買ってくれるの?」



「ないと困るだろ?」



「うん! クレドとお買い物なんてはじめてだね」



 キリエはわくわくと、まるで遠足前の小学生のように軽い足取りで、コンセントが刺さったままのドライヤーの前まで行った。

 ストンと床に座り込む彼女はそれを両手に取り、髪を乾かそうとする。



 何気なしに眺めていると、突如彼女は不思議な行動を取り出す。



 電源も入れないまま髪にドライヤーの口を向け、風が出てこないことに首を傾げる。
 次はドライヤーを上から、下から、いろんな角度から見てスイッチを探し出した。



 ふざけているのかと思い、クレドはキリエに「何してんの」と声を掛ける。





「クレド? これどうやって使うの?」



 やや重い電化製品を困ったように持て余し、クレドに問い掛けるキリエ。

 それを不審に思った彼は一瞬眉根を寄せたが、呆れたような微笑を浮かべて彼女の下へ腰を下ろした。


 クレドはキリエからドライヤーを受け取ると、スイッチの場所を教えてから彼女の柔らかな髪の毛を乾かし始めた。


 キリエは髪に触れられ気持ち良さそうに目を伏せる。
 クリーム色の髪の毛は毛先まで綺麗に潤っていて、丁寧に手入れされていた。

 波を打つような癖の強いロングヘアーは洋風ドールのようである。


 小さな背格好に不釣合いな長さが印象的だ。




 髪の毛を乾かし終えると、キリエはもう少し小さめの服に着替え直してクレドと玄関に行った。

 裸足のまま来た彼女は当然履く靴もない。




「これ、サイズ大きいけど我慢して」



 クレドは踝[クルブシ]のやや上までしかない黒いブーツを履くと、キリエの為に靴棚から昔履いていたスニーカーを出してやった。




「うん、ありがとう」


 キリエは床に座ると小さな両足をスニーカーの中に突っ込んだ。

 そして覚束ない手付きで紐を解き、途中で脱げてしまわないようにギュッと引っ張った。



 それからまたもや紐を結ぶのに手間取っていた。


 せっせと何度も結び直すが、待っている内にわけのわからない結び方になっていた。



「何やってんの。貸して」


 クレドは呆れたように溜め息をついてからキリエの前に膝を折った。




 散々手間取った彼女とは違い、一発で結ぶ。


 それに感心したように「すごいね」と言う彼女。



 クレドは跪いたまま、食事の時、ドライヤーの時、この時のことを考えて表情を無くす。

 もちろん彼女には見えないよう、下を向いて紐を結びながら。



 明らかに可笑しい。
 幾らなんでも、靴の紐の結び方くらいは知っているはずだ。



 そう思ったクレドだったが、この事に何の後ろめたさを持っていない彼女を気遣い、何も気にしないフリをした。



 クレドは自宅は他の家の設計と全く同じ造りで、外装も内装も同じだ。
 そんな小さな一階建ての家がズラリと横に並んでいる。
 ここの住人の中で特に悪さをする奴もいない。

 ホテル街周辺に住む輩は柄の悪い悪党ばかりだが、この周辺ではまだマシな人間が多い。



 クレドはしっかりとキリエの手を繋いで迷子にならないようにする。

 王族のお屋敷で育った彼女にとって、此処は危険過ぎる場所で、同時に変に好奇心を煽られる場所でもあるだろう。

 そんな彼女に一人なられては堪った物じゃない。




 キリエはキョロキョロと市場を珍しそうに見渡し、時折クレドに「あれは何?」と質問する。


 まるで幼子のような仕草をするものだから、昔の姿と重なってどうしても頬が緩む。


 そんな彼女はズボンがずり落ちてしまわないように、空いている方の手で布を握っている。


 どうやら相当珍しい町並みに興味津々のようだ。




 そして擦れ違う男共がキリエを見ているのに気付いたクレドは、不愉快そうに顔を顰める。



 中身は子どもっぽいが、外見はもう17歳だ。
 通常ならば高校に通うような歳。


 17歳という年齢に関わらず、天使のような外見に目がいくのは仕方の無いことだろう。



 実際キリエはガーネット時代よりも随分綺麗になった。
 クレドも初めて見た時はその成長ぶりには驚いたし、町の男達が見惚れるのも理解できる。



「知らない奴に付いて行くなよ」



 自分の物だと主張するように手を繋ぎ、自分の服を着せて歩く。


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