FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
 しかしせっかく読み終えたというのに、どうもキリエの表情は晴れなかった。


「なんで、あかずきんちゃんも、おばあさんも死んじゃったの? 物語なのに、悲しい終わり方だったね」


 赤頭巾の話の内容は地方によって異なる。
 赤頭巾と老婆が狩人に救出されて助かる話もあれば、ただ狼に食べられて終わってしまうというバッドエンドもあるのだ。

 キリエが読んでもらったのは、後者である。



「あのね、実は赤頭巾ちゃんもおばあさんも助かる本もあるんだよ」


「そうなの?」


「うん。まあ、こういう童話は派生されたものが多いからね。探せばその本もきっとあるよ」


「はせい?」


「つまりね、元はひとつの物だったんだけど、誰かがその内容を変えて広めちゃったってこと。俺もどれがオリジナルかは知らないんだけどね」


 へえーと相槌を付き、本はパラパラとめくると、ちょうど赤頭巾が狼に食べられる挿絵の所で止まった。

 大してオチのない物語であった。
 ただ食べられて、それで終わり。
 不思議な本。



「……なんか、悲しい話だった」


「純粋だねーキリエちゃんは」


 付けるはずの知識も教えてもらえずに育ったからか、彼女の感情もマッサラらしい。



「良かったら、赤頭巾ちゃんが助かる方の本を取り寄せてあげようか?」


トーマに手に入らない物なんて、ほとんどないのだ。


「ほんと? いいの?」


「いいよ。キリエちゃん歓迎のプレゼントにね」


「ありがとう!」


 トーマは嬉しそうに笑うキリエを見て、クレドもこのくらい素直ならどんなに楽か、と思うがそんな彼は気持ち悪いと考えを改めた。


その後もキリエはその本をペラペラとめくり、時折トーマに「これ何て読むの?」と質問をした。

 日が落ちトーマが店番をする隣でクリームパンを頬張っていると、自動ドアが静かに開いた。
 トーマが立ち上がるよりも先にキリエがスッと立ち上がって、嬉しそうに駆けていった。


「おかえりクレド! お仕事終わったの?」


「ただいま。終わったよ」


 ここはお二人の家じゃないけどね、と頬杖をつきながら眺めるトーマはフッと笑う。
 微笑ましいったらない光景だ。

 クレドはいつも首に巻いているフード付き襟巻きを、より気にしているように首を隠している。

 彼女には見せられない痕でも付けられたに違いない。
 客にうんざりとする彼の顔がハッキリと思い浮かべられる。


 ああ可哀想に。彼女は彼がどんな仕事をして帰ってきて、どんな手でその頭を撫でているかも知らない。


 トーマはニコニコ笑いながら「バイバイ」と手を振るキリエと、一言の礼だけを言ってスピカから出ていく二人を見送る。


 仲睦まじい2人の背中を見送るとトーマはパソコンを立ち上げ、【イーラ通販サイト】にアクセスした。

 早速キリエに贈る"赤ずきんちゃん"の絵本を取り寄せる。


 彼女の見た目は少し年齢より幼く見えるが中身はそれ以上に幼く、この歳で女性に絵本を贈るなんて想像していなかった。



 それでも年下の面倒を見ることが好きなトーマは、頬を緩め購入確定のボタンを押した。


 幼く愛らしい少女の為に。



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