FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
 ドライヤーでクレドに髪を乾かしてもらい、おろしたての歯ブラシで歯を磨き、トイレに行くとキリエは月も出ない間にまたベッドに潜り込んだ。



 そして、ハッと気付いたように布団から顔を出して、クレドを見る。



「クレドはどこで寝るの?」


 キリエが寝込んだ3日間、クレドは当然ながら二人がけの小さなソファーで寝ていた。

 キリエよりも遥かに背が高いクレドからすると窮屈だったが、男としても一個人としても彼女をソファーで寝かせるわけにはいかなかった。




「俺のことは気にすることないよ。ほら、眠いんだろ?」


 彼女に気を遣わせまいと流すが、駄目だと言ってこう提案してきた。



「そうだ! クレドもわたしと一緒に寝よう! それがいいよ」


 名案だというように少し誇らしげに言うが、クレドは呆れて溜め息をつく。


 本当に自分と彼女の"好き"は同じなのだろうかと。




  何の恥ずかしげもなくそう言われては、まるで男として意識されていないようだ。



「……キリエが良いなら、俺はそれで良いけど、狭いよ?」



「ううん、全然いいわ。まるでガーネットにいた頃みたい」



 キリエは懐かしそうに笑むと、おやすみなさいと言って今度こそベッドに横になった。
 別に嫌なわけではないしむしろ好都合と捉えても良いくらいだ。

 けれどもこうも意識されないとなるとそれは逆に問題ではないだろうか。


 クレドは明日の客のリストを確認したり家事を済ませたりすると、もうすっかり眠ってしまっているキリエの隣に横になった。


 ガーネットの頃よく二人で眠った。寂しいと泣くキリエは度々部屋に忍び込んできては、クレドのベッドに潜り込んできたものだ。



 いつの間にか眠りに落ちていて、次に目を開けた時にはすっかり朝日は昇っていた。
 お互い外出の支度をしてから、手を繋いでスピカに向かった。

 トーマは「朝から熱いね~」と呆れながら笑っている。


 キリエを店の奥にあるトーマの私宅部屋にやると、クレドは店番の方でトーマに事情を話した。


「俺の仕事中はキリエを匿ってくれ」


「まあ、スピカは唯一セキュリティーがある場所だからねえ。安全だもんね~」


 いつ強盗に遭うかもわからないフォレストでセキュリティーシステムが付いているのは、用心深く裕福なトーマのスピカだけだ。


「それと……キリエに俺の仕事のこと喋んなよ」


「わかってるさ。好きな娘を騙すなんて、本当に酷い男だねえ」


「秘密って言っただけで、別に騙してない」


「それで男娼かって聞かれたら嘘つく癖にさ」


 不毛な言い合いになる前にクレドは「それと」と付け足した。
 キリエの取った不思議な行動を1から説明した。


「……多分キリエは幼児レベルの知識しかない」


「へぇ~……なるほど」


 トーマはここにやってきたキリエを思い出し、やけに口調や仕草が子どもっぽかったことに納得する。

 クレドに向ける目も純粋な好意しかなく、そこには何の欲や邪も混じってはいなかった。

 そう、それはまるで何も知らない幼子が母に向けるような目で。



「だから暇があったらキリエに、読み書きでも何でも良いから教えてやって欲しい」


「りょうかーい。じゃあ俺はキリエちゃんの先生だね」


「それで良い。とにかく頼んだ」


「はいはい。じゃ、ママはお仕事頑張ってね」


 クレドは"ママ"と呼ばれたことに嫌悪感は表すも、無視してスピカから出て行った。

「キリエちゃーん」


 トーマは客が来てしまわないうちに、キリエがいる私宅部屋に行った。

 キリエは棚にあったはずの本に興味を持ったらしく、それを腕に持っていた。


「ああ、"赤頭巾"に興味あるの?」


「あかずきん?」


「うん。その本、赤頭巾っていう童話なんだけど、知らない?」


 知らないと知っていて問うトーマは、首を横に振るキリエに優しく笑った。


「じゃあその本持っておいで。店番しながら読んであげるよ」


「ほんと!?」


「もちろん」


「これ、中なんて書いてあるかわかんなかったの」


 母国語である英語は別に何処かの国のようにひらがな、カタカナ、漢字が入り混じっているわけでもないのに、やはりキリエは本を読むことが出来ずにいたようだ。

 キリエは本を持ってトーマと一緒に店番をするために表に戻った。
 いつも彼が座っている椅子の横に、もうひとつ椅子を置き、そこにキリエを座らせる。


 挿絵が所々入った本は、トーマの持つものでこの赤頭巾だけだったからキリエは興味を持ったのだろう。



「さてさて、じゃあ俺が読むけど、キリエちゃんもちゃんと文字を目で追ってね」


「うん」


 デスクに本を開いて置き、トーマは文字を指で辿りながら読んであげた。

 時たま客が来たり、昼食を挟んだりで本読みは中断されたが、夕方になる頃には全て読み終えていた。

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