銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 僅かに色と形を留めているジンが、あたしを見ていた。

 ジンだわ! これは確かにジン! ジンが存在して、そしてあたしの名を呼んでいる!

 あたしは夢中で両腕を伸ばし、彼の胸へと飛び込んだ。

 でも体は虚しくすり抜けて、あたしの腕は何も掴む事ができず、空を掻くだけ。

 それでも、あたしの心は一杯に満たされた。

 感触は無い。温度も感じない。臭いも無い。

 ただ、銀色が、ここに僅かに残っていた。

 あたしの愛する銀色が、ある。間違いなくここに、ある。

『雫……しずく……しず……』

 耳に、心に染み渡る声。

 何度も何度も繰り返し、あたしの名を呼ぶ声は少しずつ小さくなり、か細くなり、やがて……

 名を呼ぶ音も消え去って、銀の光も跡形もなく掻き消える。


 ジンは……消滅した。


 あたしは、それでも笑っていられた。

 姿は見えず、声も聞こえず、抱きしめられる感触も無い。

 全て消え去り、それでもあたしは満たされていた。

 なぜなら、風が……

 風が、あたしを包み込んでいるから。

 ジン、これはあなたの風。

 あたしには分かる。感じる事ができる。そしてこんなにもはっきりと満たされている。

 あたし達は、今もこんなに愛し合っている。

 穏やかに微笑みながら、あたしはそれを確信する。


 そしてそれを最後に……


 世界は、完全に消滅した。


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