夢の欠片
本当に辛かった。もうあんな生活はしなくていいんだよね。そう思って由梨が自然に出ていた涙を拭った時、真弓が大きな声で由梨を呼んだ。


「由梨ちゃーん、ちょっと手伝ってー!」


何だろう、と由梨が向かってみると、台所で真弓がカボチャをまな板の上に乗せ、こっちこっちと手招きをしていた。


由梨がまな板の目の前まで来ると、由梨にとっては初めて見る物を真弓は手渡した。謎の形をした銀色の物体。何だろう、これ。由梨はしばらくそれを見つめていた。


「おばさんはカボチャ切るから、由梨ちゃんは芋の皮むきよろしくねー」


皮むき? これで? いったいどうやって……


考えても思いつきそうになかった由梨は、銀色の謎の物体の特徴を見て判断してみようと考えた。


弓のような湾曲の形をした物に、縦長の楕円のような物がついている。弓のような物の横には尖った物があって……どうやって使うんだろう。


結局振り出しの疑問に戻ってしまった由梨がふと真弓の手元を見ると、いつの間にかカボチャが小さくなってボールの中に入っていた。真弓は笑顔でんー、と言うと、ちょっといい? と由梨の手からピーラーを受け取り、皮むきを始めた。


「もしかして、料理するところ見たことない?」


「……はい。初めてです」


図星を指された由梨は、申し訳なさそうに苦笑した。


「そっかー。高校生でピーラー知らないのは料理やったことあるかないかの問題じゃなくて、それ以前の問題だと思ったんだよねー」


そこまで見透かされていたんだ、と由梨は自分の経験の薄さを恥じた。


「ま、仕方ないかー。じゃ、一緒に作ろー。料理はね、女の武器にもなるし、何より楽しいんだよー!」


由梨は昔のことを少し思い返した。私も一度はやってみたいと思ったことがある。でも、今までの環境上、それはできなかった。真弓さんの職業になるくらいだし、相当楽しいんだろうな、と思い、由梨は首を縦に動かした。


それから由梨は、料理器具の説明を若干されながら、着実にカレーを作っていった。カレーは甘口で、由梨はカボチャが入る理由を味見によって納得した。


カレーができて間も無く、羚弥が帰ってきた。


「ただいま」


「おかえりー!」


返事をしたのは真弓だけで、由梨はまだそれができなかった。
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