夢の欠片
あの時私が羚弥君に会わなかったら、また私は悲惨な日々を過ごしていたのだろうか。


由梨は設置されてあったベットの上で、そんなことを考えていた。


優しい人なんて、この世に存在しないんじゃないかってずっと思ってたけど……実際に真弓さんは優しいし、きっと私をここに連れてきてくれた羚弥君も優しいんだと思う。心を完全に開くにはまだまだ時間がかかるけど、羚弥君や真弓さんの行動を思い返してみる限りは、すぐに慣れるような気がする。


こんなに安心できる場所に来たのは生まれて初めてかもしれない。そう思って、由梨は辛かった日々を思い返した。










始まりはそう、家も友達も何もかも失って、ただただ大きな通りを二日間ひたすら歩き続けていた日からだった。


足が痛くてたまらなかったし、お腹の減り具合いも尋常ではなかった。お風呂にも入ってなかったから服が臭かったし、何よりも身体が冷え切っていて、酷く寒かった。


でも、逃げ続けないといけなかった。追っ手が来るから。


「おいおい、お姉ちゃん。一人で何やってんの?」


極限の疲れのせいでベンチでぐったりしていた私に、見知らぬ男性が声をかけてきた。でも、私は意識がはっきりしないせいか、上手く反応できずにいた。


「大丈夫かい? 服が薄汚れてるし、髪がぐしゃぐしゃだ。その様子だと、家出したのかい?」


頷くこともできなかった。


「一回、俺の家に連れてってやる。まず飯食って風呂に入れ」


そう言われて、私はその男性の車に乗せられた。抵抗はできなかった。力が出なかったから。私はそのまま眠ってしまった。


気がついた時には男性の家に到着していた。住所は分からないし、だいたいの場所も特定できなかった。


危ないことは分かっていた。でも、食事、風呂の誘惑には勝てなかった。だから逃げ出さなかった。


「入れよ」


男性の言葉で、私はぐったりしながらその家に入っていった。どうやら一人暮らしのようで、靴は一足しか出ていなかった。


「飯作ってあげるからそこのソファーにでも座ってて」


返事も頷きもしない私だったけど、この時の意識ははっきりしていた。おそらく、睡眠をとったからだと思う。指示を聞き取るくらいはできた。だから、素直に従った。


男性が台所に立ってから数分経って、ラーメンが私の前に出された。良い匂い、第一印象はそれだった。


「どうぞ」


その言葉で、私は野獣のように食いついた。他人の目線なんか関係なかった。正直、味もどうでもいいと思った。とにかく食べたい。それしかなかった。


食べ終わると男性はすぐに風呂場へ案内してくれた。


「代わりの服、ここに置いとくからね」


そう言ってすぐに立ち去り、扉を閉めてくれた。私は心の中で感謝しながらすぐに服を脱ぎ、丁寧にシャワーを浴びた。そして、浴び終わると指定された服を身につけ、扉を開けて外に出た。


「お、上がったのかい?」


男性はすぐに気がついたようで、駆け寄ってきた。私は頷き、彼の目を見た。その時だった。恐怖を感じたのは。


「君、やっぱり可愛いよ」


男性はもう理性を失くしていた。いや、最初からこれが目的だったのかもしれない。抵抗できない私を襲い、まるでおもちゃのように扱った。暴れたり噛み付いたり、引っ掻いても無駄で、結局は押さえつけられ、何もできなかった。


この瞬間から、私は男が嫌いになった。


それからも生きるためだと思ってその行為を受け続けたけど、長くは続かなかった。


男が私を連れて外に出た時、あいつが来たのだ。


「な、なんだよ! お前、来んなよ!」


男は慌てふためき、悲鳴を上げて逃げ出した。私も捕まってはいけない、何のために逃げ続け、耐えてきたんだと思い、全速力で逃げた。幸い、運動神経がそこそこあるせいか、上手くまくことはできたけど、これからも逃げ続けることに変わりはなかった。


それからも男に弄ばれる代償として、食事や睡眠を獲た。生きるためには仕方がない。そう思って耐え続けた。
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