夢の欠片
『やべえ、終わった』
走馬灯ってやつだろうか。楽しかった思い出が一気に蘇った。
意味もなくパーティーをした。由梨を救った。学をいじりまくった。あ、そうだ。目覚ましまだ買ってなかったっけ。また怒られるな……
そう思っていると、俺の身体に何かが覆い被さった。
バン
更に放たれる轟音。ただ、俺の身体に痛みはなかった。目の前に覆い被さったそれから、赤いものが噴き出ている。
その存在に気がついた俺は、ハッとなった。
「母さん!」
覆い被さって守ってくれたのは、母さん……いや、真弓姉ちゃんだった。
「……羚弥、大丈夫?」
そして、俺はもっと酷いことに気がついた。あいつが放った背中に当たった銃弾よりも、俺が持っている腹に刺さっている包丁の方が致命傷を与えているということを!
「あ、ああ……」
俺は手を離し、腹から血がどくどく流れ出す真弓姉ちゃんの綺麗な顔を見つめた。
「ああー、羚弥が無事で良かった。それだけで少しホッとしたよ」
「ああ、姉ちゃん……」
「ふふっ、何でこんな時にそんな呼び方すんのよ。恥ずかしいじゃない」
「だって、だって……俺が……」
「羚弥は悪くない。なーんにも悪くない。自分を責めないの! 言ったでしょ? 幸せになるまで離さないんだからってね。これは私の意志だからさ。ほら、泣かないの! ね?」
本当は痛くて辛いはずなのに、姉ちゃんは笑った。それどころか、抱きしめる力が強くなって、温かさが増した。
「……もう少し羚弥と由梨と一緒にいたかったな。出会ってからこれまで、本当に楽しかったよ。ありがと」
抱きしめる力がなくなり、真弓姉ちゃんは崩れ落ちた。
「姉ちゃん、姉ちゃん! 頼む、死なないで……」
「あーあ、お前が逆らうからそうなるんだよ。守っても無駄なのにな」
「てめえ!」
突然、警察のサイレン音が耳に入った。今まで耳に入っていなかったのが不思議なくらい、本当にすぐ近くだった。そして、一瞬で兄と俺を取り囲んだ。
「動くな!」
ふと兄の反対側を見ると、携帯を握りしめた由梨が地面に倒れていた。
「由梨……お前だったのか。ありがとう」
また迷惑かけてしまったな。
「ははは、ざまあねえなあ! お前も捕まるのか! 最高の結末じゃねえか!」
兄の高笑いに、誰かが反応した。
「それは違うな。我々はこの子は何もせず、ただ持っていた包丁にこの子を必死に守ろうとした女性が刺さってしまったという現場は目撃したんだ。包丁を持っている理由は署で聞くにしても、お前と違って犯行に及んだわけじゃない。さあ、手を上げろ」
「ちっ……」
兄が舌打ちして拳銃を地面に落とした。
「既に救急車は呼んである。少年、後で話は聞かせてもらえるな?」
俺に向けられた言葉だと分かって、「はい」と頷いた。
「さて、お前は親も殺して強盗までしたからな。たっぷり話は聞かせてもらうぞ。着いてこい」
「……くそ」
兄が車に乗せられ、連れて行かれるのをただ見送って、俺はガクッと首を落とした。
「姉ちゃん……終わったよ。でも、これじゃあ……」
俺はやるせない気持ちになって、姉ちゃんを仰向けに寝かせてあげた。
「何でこんな時も笑顔でいられるんだよ……」
姉ちゃんの顔は、今にも起き上がって「パーティしよー!」とか、「おかえりー!」とか……何か言い出しそうな笑顔なのに、もう何も言わなくなってしまうんだ。
俺は姉ちゃんの靴下がボロボロになっていることに気がついた。靴も履かずに飛び出して、俺を追いかけてくれたんだと分かった。
「俺、そういえば守られてばっかりだったよな。姉ちゃん、俺は何かしてあげれたかい?」
答えないと分かっていても、俺は話し続けた。
「目覚まし今度ちゃんと買ってさ、起きれるようになるよ、俺。でさ、由梨が料理に興味を持ったみたいだから、俺が姉ちゃんに教わって姉ちゃんが教えてなかった部分を補足してあげるんだ。でさ……」
ダメだ、涙が出てくる。
「でさ……姉ちゃんが周りの人を幸せにしたみたいに……俺が……幸せにしてあげるんだ……」
溢れ出てくる涙が姉ちゃんの頬にポツポツと当たって、すうっと流れ落ちていった。
「俺……姉ちゃんに会えてよかったよ。辛い過去とか、逃げ出した過去とか、そんなのが全部あったから姉ちゃんに出会えたんだ。全ての俺の行動を肯定するわけじゃないけどさ……言われた通り、自分を責めないように……するんだ」
俺は姉ちゃんの頬に流れた涙を手で拭った。
「ありがとう、姉ちゃん」
走馬灯ってやつだろうか。楽しかった思い出が一気に蘇った。
意味もなくパーティーをした。由梨を救った。学をいじりまくった。あ、そうだ。目覚ましまだ買ってなかったっけ。また怒られるな……
そう思っていると、俺の身体に何かが覆い被さった。
バン
更に放たれる轟音。ただ、俺の身体に痛みはなかった。目の前に覆い被さったそれから、赤いものが噴き出ている。
その存在に気がついた俺は、ハッとなった。
「母さん!」
覆い被さって守ってくれたのは、母さん……いや、真弓姉ちゃんだった。
「……羚弥、大丈夫?」
そして、俺はもっと酷いことに気がついた。あいつが放った背中に当たった銃弾よりも、俺が持っている腹に刺さっている包丁の方が致命傷を与えているということを!
「あ、ああ……」
俺は手を離し、腹から血がどくどく流れ出す真弓姉ちゃんの綺麗な顔を見つめた。
「ああー、羚弥が無事で良かった。それだけで少しホッとしたよ」
「ああ、姉ちゃん……」
「ふふっ、何でこんな時にそんな呼び方すんのよ。恥ずかしいじゃない」
「だって、だって……俺が……」
「羚弥は悪くない。なーんにも悪くない。自分を責めないの! 言ったでしょ? 幸せになるまで離さないんだからってね。これは私の意志だからさ。ほら、泣かないの! ね?」
本当は痛くて辛いはずなのに、姉ちゃんは笑った。それどころか、抱きしめる力が強くなって、温かさが増した。
「……もう少し羚弥と由梨と一緒にいたかったな。出会ってからこれまで、本当に楽しかったよ。ありがと」
抱きしめる力がなくなり、真弓姉ちゃんは崩れ落ちた。
「姉ちゃん、姉ちゃん! 頼む、死なないで……」
「あーあ、お前が逆らうからそうなるんだよ。守っても無駄なのにな」
「てめえ!」
突然、警察のサイレン音が耳に入った。今まで耳に入っていなかったのが不思議なくらい、本当にすぐ近くだった。そして、一瞬で兄と俺を取り囲んだ。
「動くな!」
ふと兄の反対側を見ると、携帯を握りしめた由梨が地面に倒れていた。
「由梨……お前だったのか。ありがとう」
また迷惑かけてしまったな。
「ははは、ざまあねえなあ! お前も捕まるのか! 最高の結末じゃねえか!」
兄の高笑いに、誰かが反応した。
「それは違うな。我々はこの子は何もせず、ただ持っていた包丁にこの子を必死に守ろうとした女性が刺さってしまったという現場は目撃したんだ。包丁を持っている理由は署で聞くにしても、お前と違って犯行に及んだわけじゃない。さあ、手を上げろ」
「ちっ……」
兄が舌打ちして拳銃を地面に落とした。
「既に救急車は呼んである。少年、後で話は聞かせてもらえるな?」
俺に向けられた言葉だと分かって、「はい」と頷いた。
「さて、お前は親も殺して強盗までしたからな。たっぷり話は聞かせてもらうぞ。着いてこい」
「……くそ」
兄が車に乗せられ、連れて行かれるのをただ見送って、俺はガクッと首を落とした。
「姉ちゃん……終わったよ。でも、これじゃあ……」
俺はやるせない気持ちになって、姉ちゃんを仰向けに寝かせてあげた。
「何でこんな時も笑顔でいられるんだよ……」
姉ちゃんの顔は、今にも起き上がって「パーティしよー!」とか、「おかえりー!」とか……何か言い出しそうな笑顔なのに、もう何も言わなくなってしまうんだ。
俺は姉ちゃんの靴下がボロボロになっていることに気がついた。靴も履かずに飛び出して、俺を追いかけてくれたんだと分かった。
「俺、そういえば守られてばっかりだったよな。姉ちゃん、俺は何かしてあげれたかい?」
答えないと分かっていても、俺は話し続けた。
「目覚まし今度ちゃんと買ってさ、起きれるようになるよ、俺。でさ、由梨が料理に興味を持ったみたいだから、俺が姉ちゃんに教わって姉ちゃんが教えてなかった部分を補足してあげるんだ。でさ……」
ダメだ、涙が出てくる。
「でさ……姉ちゃんが周りの人を幸せにしたみたいに……俺が……幸せにしてあげるんだ……」
溢れ出てくる涙が姉ちゃんの頬にポツポツと当たって、すうっと流れ落ちていった。
「俺……姉ちゃんに会えてよかったよ。辛い過去とか、逃げ出した過去とか、そんなのが全部あったから姉ちゃんに出会えたんだ。全ての俺の行動を肯定するわけじゃないけどさ……言われた通り、自分を責めないように……するんだ」
俺は姉ちゃんの頬に流れた涙を手で拭った。
「ありがとう、姉ちゃん」