夢の欠片
しばらくして、救急車が到着した。


「聞こえますか! 聞こえたら何か反応してください。聞こえますか! 意識レベル三!」


「あそこにも人が倒れてます! 聞こえますか! 意識レベル十四! おそらく熱中症です」


姉ちゃんだけでなく、由梨も大変な状態だったんだ。


「お兄ちゃん、あの子の知り合いかい?」


走って駆け寄ってきた救急隊員に、俺は「はい、同級生です」と答えた。


「じゃあ、あの子を日陰に移動させて、しばらく様子を見てもらってもいいかい?」


「分かりました」


「よろしく頼むよ」


そう言うと、救急隊員は救急車に乗り込んで行ってしまった。


俺が日陰で由梨の様子を見始めてから十数分後、由梨はゆっくりと目を覚ました。


「由梨!」


「羚弥……君?」


由梨は俺を見ると、ワッと泣き出して俺に抱きついてきた。


「心配したんだからぁ!!」


「……ごめんな」


俺はしばらく、泣き止まない由梨の頭を撫で続け、気がついたように、何度か「ごめんな」と繰り返した。


「なあ、由梨」


俺は由梨の頭に手を置いたまま、泣き止んだ由梨に呼びかけた。


「なに?」


「俺さ、もしかしたら何かがきっかけで今回の兄のように、誰かを憎むかもしれないと思っていたんだ」


俺は頭に置いていた手を、自分の前に持ってきて見つめた。


「それでさ、遠い先の話になるかもしれないけど、妻とか子供とか、何かしらの理由で傷つけてしまったら嫌だなってずっと思ってたんだ。今でもそう思ってる。友達とかは浅い関係かもしれないけど、恋人となると別だろ? だから恋愛はしないって決心してたんだ。でもさ」


俺は胸に手を当てた。


「その決心は強く決めたはずなのに、俺の心の奥では綺麗事だって言ってるんだよ。身体が正直な反応をするんだ」


由梨が起き上がって真っ直ぐに見つめてきた。


「それでいいんだよ」


「え?」


「好きになるっていうのは、長所も短所も全部含めて好きになるってことなの。誰かを傷つけてしまうかもしれないからって、恋愛はしないんだっていう優しいあなたも、今まで憎むほど辛かった過去を経験してきたあなたも、全部含めて私はあなたが好きだから」


「俺……」


「羚弥、大好きだからね」


「ありがとう。俺もだ」


今まで由梨を慰めていたのに、心の中の何かが崩れて俺も泣き出してしまった。


ああ、情けねえな。でも、受け止めてくれる人がいるんだ……


そう思うと気が楽だった。
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