Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「これでも旅馴れた澤田にしては多い方ですよ?かなり、ね」

「そうなの?!」



信じられないという表情で自分を見る絢子に澤田は薄く笑って頷いた。



「ツアーになると強行スケジュールも珍しくないですし
欧州では時としてテロや暴動の巻き添えで
夜中に叩き起こされ避難する、なんて事もありますから
極力荷物は少ない方がいいんです。極端な事を言えば
我々の様な者は最低限、ラケットとシューズがあれば良いわけで
生活に必要な細々したものは買い足せば済む。まぁ・・・
使い捨ては環境保護の面ではほめられたことではないですが
現地調達は身軽に旅をする為の鉄則には違いないですよ」

「プロ選手ってもっと華やかなイメージがあったんだけど
何だか武者修行の行脚みたいね? 大変というか、凄いというか・・・」



ほぅと感嘆のため息を落とし
敬うような視線で自分の顔を見上げた絢子に
澤田は微笑んで答えた。


「まあ 似たようなものですよ。
散髪もままならなくて、という時もありましたし」

「髪を切る時間もないの?!」

「無いわけじゃないですが、面倒で」

「面倒って・・・」

「だから一時期、丸刈りにしていたことがあるんです」

「うそ!」

「でも試合中、直射日光が熱くて」



当時を思い出したのか、澤田は渋い表情で頭を撫でた。
それを見て絢子は思わず小さく吹き出した。


「帽子、被らなかったの?」

「ダメなんです。被っていることが気になって集中しきれない」

「そうなの?」

「ええ、サンバイザーや眼鏡も、あると気になって調子が出ないとか
逆にそういう物がないとダメという人もいますし
細かい人だとソックスの長さやウエアの素材や肌触りなんかも
気にするようです」

「へぇ・・・色々あるのね」


澤田は話に関心を抱いて聞き入っている絢子の視線が
真っ直ぐ自分に向けられているのが心地よくて
もっと話をしたくなった。次は何を話そうかと思ったときだった。


「いや~~。お話が弾んでいるところを申し訳ないのですが・・・」



何時の間に二階へ上がってきたのか、ひょっこりと顔を覗かせた大和が
ドアに背を凭せかけて小さく手を上げた。

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