ラララ吉祥寺

そして彼は、昔行ったイタリア旅行の話をしてくれた。

ナポリ名物の洗濯物干しの風景とか。

ポンペイの遺跡に感動したこと。

映画ローマの休日で有名な真実の口の話。実はこれ、旧ローマ帝国の下水道の蓋だったのだとか。

ナポリやローマは暑いのに、フィレンツェは寒くて驚いた話とか。

「でも、ピザはどこで食べても美味かったな」

スパゲッティは当たり外れがありましたけどね、と付け加えて。

商社に勤めていた彼はきっと他にもいろんな国へ行ったことがあるのだろう。

三十五の今まで一度も日本を出たことのないわたしは、ただ頷くばかりで。


「ま、でも結局、日本が一番落ち着くんですけどね」


水も合うし、と木島さんが笑って。

気がつくと、二人で一本ワインを空けていた。

それほどアルコールに強くないわたしは、注がれるがまま、話に夢中になって少し飲みすぎたようだ。

ほろ酔いを通りこして、身体がフワフワしていた。

「文子さん、ちょっと酔ったんじゃないですか?

洗い物、僕がやりますから、ソファで休んでていいですよ」

「えっ、でも作るのもやって貰って……」

席を立つ木島さんに遅れまいと、勢い立ち上がったわたしは軽く眩暈に襲われた。

「ほら、無理しないで」

差し伸べられた手に縋り、諦めてソファに座った。

「皿数少ないから、直ぐですよ」

和食だと、こうはいきませんけどね、と言いながら台所に立つ彼の背中を眺めていたのだけれど。

くるくる目が回って、彼が洗い物をする水音に耳を澄ませながら目を閉じた。



なんだかとってもいい気分だ。
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