一夜花
 形良い唇は僅かに艶めいて、冷たいオレンジ色の上にゆっくりと降りてゆく。

(やばい)

 思ったときにはもう、艶香る動きから目を離すことができなくなっていた。
 大きく一口を頬張った口の端を、一筋のオレンジ色が滴り落ちる。

(ここは公園で、人目だって……)

 唇が重なる前に、思うべきだった。
 だが、もはや手遅れだ。

(こんなに飢えた気持ちは……)

 初めての感覚だ。五感の全てを、たった一人に向けるなんて。

 浩一は宵蜜に魅かれるコウモリのように、オレンジ味の唇をゆっくりと味わった。

 存在を確かめるように、しっかりと月を抱き寄せる。視界の全ては潤んで閉じてゆく瞳しか映さない。より強く求めれば、微かに肌の香りが鼻腔に流れ込む。
 
 そして痛みは……

(明日になれば、月は……)

 ずくずくと疼く胸からふうっと息を吐いて、浩一は唇を離す。

「月、俺の部屋へ、帰ろう」

 傾き始めた日差しの中で掠れたその声を、セミ時雨がそっと隠した。
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