また会う日まで
 「良い子にしているのよ」
 頭を撫でながらあの人は言った。ねえ、大きなカバンを持って一体どこへ行くの? 私も一緒に行かせてよ。
 私と主人、マスターは一緒にリガルハ中をサーカス団の一員として、各地を転々としていた。もちろん、マスターと私だけではサーカスなんて成り立つはずがないから、他に仲間もいた。ライオンにサル、人間もいた。
 「きっと帰って来るわ」
 涙をこぼしながら言ったマスターに、檻に入ったままの私は何もできなかったけど、私は待ち続けた。マスターが帰ってくると言ってくれたから。
 だけど、マスターは一度も帰って来なかった。
 「この国、もう終わったんだってね」
 鳥たちが噂をしていた。
 「もう、この国は誰もいないんだって」
 うそでしょう、と思った。だってリガルハは世界有数の経済大国で、お金にだって困っていなかったはず。
 弱っていく仲間に、私が耐えられるはずがなかった。私はトラだから、本気になれば檻の一つや二つぐらい、壊せないはずがなかった。
 「待っていて、必ず」
 必ず誰かをつれてくるわ、と約束し、壊れた折に背を向けて、リガルハ中を歩いた。何日も、何日もかけて、誰だってかまわない。
誰か、人を探していた。
 だけど、鳥たちの言葉を覆すことは出来ずに、私は戻ってきてしまった。
 「もう、誰もいないって、本当なのね」
 悔しかった。本当だとは信じたくなかった。このリガルハには、人間が、ヒトが、一人もいない。この国が終わったのだと証拠として見せつけるのには、十分すぎていたけど、私は納得したくなかった。
 みんな、サーカス団の人たちが戻ってくると信じて、リガルハから離れることはなかった。結果的にはこの行動が私の大切な仲間の餓死へと結びついたのだろうけど。日に日に減っていく仲間たちに、私は何度だって涙を流しては、自分に何かできることはないか、と探し続けていた。

 「それが魔法師ですか?」
 比較的安全だと思われる洞窟の中。レイはリア国でたたき込まれた知識を使い、目の前のトラを見ては、心を痛める。もっと自分に知識があったらどれだけ違うか、とさえ思う。
 「ええ、私は動物だから気も読めた。言葉には苦労したけど、魔法師となった時、もう少し早くなれていたら、と後悔したわ」
 悲しい瞳で語るトラに、レイは違和感を抱かなかった。
 「魔法師は、ヒトだけではなく、動物も癒せる。だから私は魔法師になったはずだったの。だけど、手遅れだったわ。みんな、死んでたの」
 死んでいた、つまりは魔法師になるタイミングが遅れていたのだ。当たり前かもしれない状態に、レイは唇をきつく噛んだ。当然だろう、食べ物を作る生き物がいない状態に加え、この極端にまで限られた行動範囲内と、彼らの目から逃げての食料調達に、どれほどの満足がいっただろうか?
 「狩人」
 ぽつりとつぶやいたレイの言葉。トラはゆっくりと首を縦に動かした。つい数分前も、だった。目の前でトラがぐったりとしているのは、狩人がトラに銃を向けて、放ったから。彼らと同じ人間であるレイの心は複雑だった。狩人たちの言い分も分かれば、目の前で体を休めているトラの気持ちもわかる。
 「ええ、連中の狙いは私だけ。貴女には関係のないお話だったわね・・・・今のリガルハは女一人じゃ危ないわ。貴女がここに何をしに来たのか、私は知らないけど、帰るべきね」
 ゆっくりと体を起こして、どこかへ行こうとするトラに、レイは我慢が出来なかった。
 「私が彼らを払ってあげるわ」
 胸を張って言ったレイに、トラは呆然としていた。
 「私は人間よ? 彼らを払うことなんて、朝飯前。貴女が本当に人を襲わないというのであれば、払ってやるわ」
 目を大きくして、信じられないと言わんばかりの顔のトラに、レイはにっこりと笑った。


 「何、撤退してほしい?」
 森の中を歩く気こと数分。ようやく銃を持った狩人たちと会えたレイは、現状と人の言葉を話すトラが、人を襲わないと確信し、どうにかしてここから撤退してほしいと言った。すると彼らはレイをじっと見ては、
 「アホか、姉ちゃんは」
 どっとこぼれた笑い声に、レイは何か自分が彼らに対しておかしなことを言ったのかと思った。
 「狩を生業とする人間に、狩りを辞めろと言うんかい」
 「姉ちゃんがおっちゃんらの生活を支えてくれるんか? 違うかろうに」
 白い歯を見せながら笑う狩人に、レイはぐっと強く手を握りしめた。彼らの言い分は分かっていたはずだった、自分らにも生活がある。当たり前の事だ。この一言で普通の人間は下がってしまう。
 「生活の為であれば、動物の命がどうなろうともかまわないと、そう仰るのですか?」
 「ああ、そうだな」
 銃器を担ぎ言う彼らに、レイは大きく息を吸い込み、
 「国際法を犯してまでの生活は、それほど楽しいものなのですか?」
 森がざわざわと、動いては風を生み出した。
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