箱の中の彼女


「孝太!!! てんめぇ!!!」

 だぶだぶのトレーナー姿で、ジムに帰り着いた孝太を待っていたのは──全員からの怒号だった。

「どんだけ心配して探したと思ってんだ、ごるぁ!」

 戦うスポーツのせいで、皆、猛烈に気性が荒い。

 相当心配して、昨夜は探し回ってくれたらしい。

「すんません…行き倒れてました」

 そして、見知らぬ女の人に拾われていたのだ。

 電車賃まで、借りてしまった。

 何しろ孝太は、身一つで飛び出して走っていたので、無一文だったのだから。

「行き倒れ!? 熱ぁないか!? 風邪やったか!?」

 心配する言葉も怒号も、大差ないのがむさくるしい男ワールドである。

 彼女の、静かな声とはえらい違いだった。

 確かに。

 女性にしては、声はとても残念なものだ。

 けれども、それは彼女の優しさを打ち消すものではない。

 それに。

 綺麗だったなぁ。

 朝日の差し込む部屋で、優しく微笑む彼女は──とてもとても、綺麗だった。

 世の中に、こんなに優しくて、笑顔の綺麗な人がいるんだ。

 孝太は、思い出しながら、再びぽーっとしかけた。

「コ・ウ・タ! 聞いてんのか!」

 だが。

 そんな彼の、淡い思い出は、むさくるしい怒りの声によって叩き壊されたのだ。

「いっぺん負けたくれぇで、くよくよすんな! 元々、おめぇは天才じゃねぇんだ! いままで負けなしだったのが不思議なぐれぇだ!」

 檄を飛ばされ、孝太はいやな記憶を思い出す。

 負けたのは、三回だ。

 アマチュアの時に二回。

 プロになって一回。

 うち二回は、同じ相手だ。

 むかむかむかむかむか。

 思い出し怒りが、孝太の中でメーターを上げていく。

「うす、ちょっと走ってきます!」

 脳までボクシングに侵された彼は──病み上がりにも関わらず、また走り出したのだった。
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