蒼宮の都
(もう、大丈夫かしら……)

ラサはすっかり静かになった路地を見下ろしながら、目を眇(すがめ)る。
月明かりがの届かない暗闇に人の気配はない。

スラム育ちのラサにとって、路地裏は庭のようなものだった。
11歳で庇護者を失ってからラサは廃墟や地下街を寝床にしながら逞しく生きてきた。
長く貧しい時代を過ごしたこの国では、ラサのような子供は珍しくない。
日々の糧を得る術を持っているだけ幸運だと思っている。
緩く波打つ黒髪も、母譲りの青い目も、ラサは気に入っていた。


「大丈夫?奴らもう行ったみたいよ」

ラサは膝を抱えて縮こまる少女を振り返って言った。

(綺麗な子……)

歳は十ニ、三、ラサよりも少し年下だろう。
小柄で華奢な身体に異国風の高価な衣を纏っている。真っ直ぐな黒髪、黒い大きな瞳からは、涙が今にも零れ落ちそうだ。






『タ…スケ……テ』

路地裏に駆け込んで来た少女が、ラサの背中に体当たりしながらそう呟いたのは、一時程前のことだった。

拙い発音、この国の人間ではないようだとラサは思う。

「どうしたの、何が……」

言いかけたラサの耳に、慌ただしい足音が飛び込んできた。
路地の向こうと目の前で怯える少女を見比べる。
迷ったのは一瞬だった。

「来てっ」

ラサは少女の手を掴み、路地の奥へと駆け出した。




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