甘え下手
その夜はなんだか眠れなかった。

今までみたいに浮かれて眠れなかったわけじゃない。


ただモヤモヤとしたものを抱えて目が冴えてしまっただけだ。

翌朝目のしたのくすみをコンシーラーで隠しながら、こんな想いを抱えるくらいならいっそ白黒ハッキリつけてしまおうかと思った。


公私混同になってしまうけれど、新幹線の道中や出先での食事など、ずっと二人で行動するのだから聞けるチャンスはいくらでもある。

今までずっと動けなかった自分がこんな風に能動的になるだなんて、自分でも不思議だったけれど、そこに沙綾と阿比留さんという二人の人間が影響していることは間違いないと思う。


展示会の時しか着ない黒のパンツスーツに身を包む。

スーツに合うように買った大人っぽいグレーのコートを身に纏い、旅行バッグを手に家を出る。


昨日、遅番だった沙綾はまだ寝ている時間で、部屋の前を通ったけれど物音ひとつしなかった。

沙綾にもお兄ちゃんにも、出張の同行者が航太さんだってことは告げていない。


沙綾に参田さんばりのテンションで盛り上がられたら、私は普通じゃいられなくなっちゃうかもしれない。


見て見ぬフリをできなくなったこの淡い恋の決着をつけて、この呪縛から自由になりたいと、初めて強く思った。
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