甘え下手
「愛しの室長と二人きりで出張なんだって? いいね、うらやましいよ。公私混同し放題じゃん。あ、もしかして邪魔しちゃった?」


そんな意地悪を言ったのは、俺に頼らない彼女への八つ当たりだった。

もういいだろ、俺の役割なんてそんなところで。


それが彼女の背中を押せばちょうどいいんじゃね?


「そうだよ、お姉ちゃん! ガンバレー」


タイミングよく沙綾がしゃべった。

ホラ、沙綾は俺といるんだから、愛しの室長は妹には取られないよ。


その時の俺は、沙綾と俺の仲を匂わせることで、百瀬比奈子が安心しているとばかり思っていた。


俺ってキューピッドじゃん。

そんな勝手な自己満足でベラベラと軽口をしゃべり続けると、電波の向こうの声色が、突然変わった。


『ごめんなさい。疲れてるからもう切りますね』


その時の百瀬比奈子の声は今まで聞いたことがないくらい無機質なもので、こんなに離れた距離なのに彼女の表情が強張っていることが俺にもハッキリと分かった。
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