甘え下手
「いいですけど……」


私を動揺させて楽しんでるくせに、さっさとスルーする阿比留さんに私は下唇を噛むしかない。

マンションの近くのコンビニでマフィンとドーナツを買うと阿比留さんに「太るぞ」と指摘されて阿比留さんのスーツの背中を叩く。


そんなバカバカしいやり取りにも心が浮き足だってるのが分かる。


だけど会社が近づくにつれて気持ちが地について、だんだん緊張が高まってくるのを感じる。

少しずつ阿比留さんとの冗談みたいな会話のやりとりにタイムラグが生じていた。


会社に行けば櫻井室長がいる。

彼と顔を合わせた時に自分がどんな気持ちになるのか想像もつかなかった。


会社に通じる大通りに出た。

これ以上、阿比留さんと一緒にいるわけにはいかない。


いつもよりも早い時間だからか、見知った人はいなかったけれど、それでもどこでうちの会社の社員に見られるか分からない。

そんな私の様子に気づいた阿比留さんが数歩先で足を止めて振り返った。


「今日、飯食うか」

「え?」
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