甘え下手
「い、たーい!」


逸る気持ちが前に出すぎた。

じんじんする額を押さえて大げさに痛がると、頭上から聞きなれた声が降ってきた。


「ごめん、比奈子ちゃん。大丈夫か?」


それはいつもならばオフィスで穏やかに響く、癒しの低音。


「……さ、さ、櫻井室長!」

「比奈子ちゃん。社外では室長はやめてくれって言ってるだろ。おデコ大丈夫か?」

「全然、ヘーキです! てっきりお兄ちゃんかさーちゃんだと思って大ゲサに痛がっただけですから!」

「俺だったら大ゲサに痛がるって子どもか、お前は」


櫻井室長の背後からお兄ちゃんがげんなりした顔を見せた。

玄関で櫻井室長を見送っていたらしい。


今年30になるちょっと年の離れたこの兄と櫻井室長は、大学の時に知り合った友人だ。

この家にも何度か遊びに来たことがあって、私は会社に入る前から密かにずっと憧れていた。


今の会社に就職活動をしたのも、その下心がなかったかといえば嘘になる。

参田さんすらも私がこんなに長く、しつこい片想いをしてるなんてことは想像もしていないだろう。
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