甘え下手
コンコン。

遠慮がちに響いたノックの音で、私は落ちた涙のあとをあわてて指の腹で拭って返事をした。


「さーちゃん? 入っていいよ?」


カチャリと静かにドアが開いて、顔を出したのは妹ではなく、櫻井室長だった。


「よ」

「櫻井室長……」

「家で室長はやめろって言ったよな? 入っていい?」

「どうぞ……」


涙の跡は上手く消せたと思う。

だけどいくら長年の付き合いとはいえ、櫻井室長が私の部屋まで入ってくることなんて今までになくて、ただならぬ空気を察して私は緊張して背筋を正した。


「比奈子ちゃんの好きな人って阿比留くんだったんだ?」

「……はい。だけど……」

「だけど?」

「もうフラれちゃったかもしれません……」


へへ、と笑うと櫻井室長は眉を寄せて厳しい表情をした。
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