Over Line~君と出会うために
「おい、貴樹。俺だ。入るぞ」
 それだけ言い放ち、中からの返事も待たずに彼はドアを開けた。中には何人もの人影が慌ただしく行き交い、ざわめいている。
 その中で、一番入り口から遠い場所。
 ソファーの背もたれにぐったりと身を預け、宙を仰いで乱れた息を整えようとしている人影。ラストに見た衣装もそのままに、乱れたヘアスタイルが汗で頬に纏わりついている。
 貴樹だ。
 見慣れているはずなのに、見たこともないような気がして、彩はうろたえた。
「……順平ちゃん? いきなりどこに消えてたの?」
 彼は億劫そうに顔の向きを変えて振り向く。そして、考えていた相手だけではない人物が立っていたことに驚いて目を見開き、絶句して硬直した。
「……彩」
 しばらくの無言の後、かすれた声で一言、名前を呼ぶ。
 彩もうろたえていたが、貴樹のうろたえぶりの方が顕著だった。傍目にもわかるくらいに、彼は一瞬で表情を変えた。そんなうろたえぶりは悪戯を見つけられてしまった子供のようで、何だか微笑ましい。
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