Over Line~君と出会うために
「……だから、何だってこうも平和に寝ているかな、このオトコは」
 帰宅した彩は、来るという予告もなしに貴樹が勝手に上がり込んでいたことよりも、その行動に驚いた。そして、呆れて苦笑するしかなかった。
 貴樹は、一度もここに泊まって行ったことがない。それに、今まではそういう関係を求められたこともなかったから、貴樹は彩のベッドに近づいたことはほとんどない。近づいたとしても椅子か背もたれ代わりで、そういう対象として見られていないのではないかと思うくらいにその手の雰囲気とは無縁だった。
 なのに、今、彩のものであるはずのそこを占領して、貴樹はすーすーと気持ちよさそうに眠っている。この前、貴樹の言い分も聞こうとせず、一方的に電話を切ったのは彩のはずなのに、そんなことはなかったかのように、貴樹は当たり前のようにここにいた。しかも、その後は電話もメールも無視したというのに。
「こんなの、私がバカみたいじゃない」
 むかつく、とつぶやいて、彩はベッドの脇に座り込む。そこから手を伸ばして、呑気に気持ちよさそうに寝ている貴樹の鼻を摘んでやった。
「う……んん……っ」
 何だよぉ、と、抗議の声を上げて、貴樹が目を開ける。
「あ、あれ、彩……?」
「なんて図々しいのよ。私は怒っているんだからね」
 慌てて起き上がった貴樹を軽く睨みつけて、彩はつんと横を向いた。
 焦った貴樹はベッドから飛び出そうとしたが、ブランケットに足を絡め取られて無様に転げ落ちた。
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